業績不振企業が続出し、戦略の巧拙が問われている。だが、その議論には誤解も多い。典型がイノベーションに対する見方だ。米アップルのような独創性が必要と強調される。本当にそうなのか。前回に続いて、経営論壇の新鋭が“常識”を覆す異論を展開する。

井上 達彦(いのうえ・たつひこ)氏
早稲田大学商学学術院教授
1997年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了、博士号(経営学)を取得。早稲田大学商学部助教授などを経て2008年から現職。今年4月から米ペンシルベニア大学経営大学院のシニアフェローを兼務。
(写真:陶山 勉)

 問 米アップルを引き合いに出して、イノベーション、とりわけオリジナルなビジネスや製品を開発することの重要性がしばしば語られます。こうした論調をどう見ていますか。

 答 確かによくそういう言い方がされます。しかし、アップルが本当にオリジナリティーだけを追求してきた企業なのかどうか、よく考えてみる必要があります。

 例えば、(パソコンの)マッキントッシュは、GUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェース)とマウス操作を実現しましたが、GUIやマウス自体は、米ゼロックスのパロアルト研究所で開発されたもので、アップルが創ったわけではありません。それ以外の同社の製品についても言えることですが、アップルは実は模倣がとても上手な企業なのです。

アップルの本質は「模倣の達人」

(写真:AP/アフロ)

 米オハイオ州立大学のオーデッド・シェンカー教授は、著書『Copycats』において、アップルを「アセンブリーイミテーションの達人」と評しています。既存の技術を新しいコンビネーションで結びつけるのが上手な企業だという意味です。

 よそで開発された技術を結びつけて、優美なソフトウエアとスタイリッシュなデザインで包み込む。他社の技術やアイデアを持ち込むことを恐れず、ちょっとひねりを加えて自社の魅力的な製品を作り出す。そういった強さを持っているのがアップルです。

 実際、創業者の故スティーブ・ジョブズ氏も、模倣について肯定的でした。「素晴らしいアイデアを盗むことに、我々は恥を感じてはこなかった」という言葉を残しています。

 問 模倣という言葉には、ネガティブなイメージもつきまといます。

 答 模倣と聞くと、創造性や独自性とはほど遠い行為だと思ってしまう人は多いでしょう。けれども、「学ぶ」の語源は「まねぶ」であり、模倣は「創造の母」とも言われます。

 私は、模倣には2つの側面があると思っています。それは、「良い模倣」と「悪い模倣」です。「美しい模倣」と「醜い模倣」があると言ってもいいかもしれません。

 ジョブズ氏はピカソの言葉を引用して「優れた芸術家はまねる。偉大な芸術家は盗む」とも語っています。この言葉は、模倣から独創性が生み出せることを暗示しています。実際、彼は意外なところからインスピレーションを得ていました。

 フランスの作家、シャトーブリアンも「独自な作家とは、誰をも模倣しない者ではなく、誰にも模倣できない者である」と言っています。ピカソもゴッホも模倣がうまい芸術家でした。彼らは模倣から始めて、やがて自分だけの独創性を生み出し、誰にも模倣できない画風を確立したのです。

 ちなみに英語には「エイプ(ape)」と「イミテート(imitate)」という2つの言葉があります。

 「エイプ」は「サルまねをする」という意味であり、物事の本質を理解しないまま、単に外形的なまねをすることです。これに対し、「イミテート(模倣する)」は、物事の本質を理解したうえで行う知的な行為です。日本語の「手本にする」「かがみにする」に当たるのが、「イミテート」です。

 問 模倣という概念に着目したきっかけは何だったのですか。

 答 ゼミの大学生に卒業論文の指導をしていた時のことです。いくら論文執筆の原理原則を教え込んでも、なかなか論文を書けない学生がいました。

 私も困ってしまい、「何か好きな論文を見つけて持っておいで」と言いました。そして「自分のテーマについて、その論文をお手本にして同じように書いてごらん」と模倣を勧めたところ、その学生は論文を書けるようになったのです。

 しかも、そうやって論文を書ける学生が増えていくと、後輩たちも先輩を見て学ぶようになり、調査や研究のプロセスを模倣できる環境がゼミの中に整いました。考えてみると、これは新規事業を次々に起こせる企業の状態とよく似ています。そうした企業では、先輩の背中を後輩が見て、新規事業の起こし方を学んでいるからです。

 そんなことから、模倣という概念に着目するようになりました。日本企業にとって、模倣は閉塞感を打破し、競争力を取り戻すためのカギとなる行為だと考えたのです。

模倣能力こそが競争力の源泉

近著『模倣の経営学』(日経BP社)で模倣の重要性について持論を展開した(写真:スタジオキャスパー)

 問 模倣という行為がイノベーションにつながるということでしょうか。

 答 研究者は学術論文で独自性を打ち出そうとしますが、それは既存の論文との対比によって出すしかありません。そのパターンは実は3つしかない。

 1つ目は先行研究へのアンチテーゼ。2つ目は、先行研究をベースとしつつ、違いを出すこと。3つ目は、いくつかの先行研究を組み合わせて新たな知見を提示することです。いずれのパターンにおいても模倣は欠かせません。アンチテーゼも「反転模倣」という一種の模倣です。

 それは学者が論文を書く時の話だろうと実務家たちは思うかもしれません。しかし、企業が新たに事業を起こしたり、製品やサービスを開発したりする場合も同じです。「ゼロからモノを生み出す」とよく言いますが、ゼロにゼロを足してもゼロですし、ゼロに何を掛けてもゼロ。何も生まれません。

 もっとも、何でも模倣すればいいと主張しているわけではありません。模倣は、高度なインテリジェンスを要する能動的で創造的な行為であり、そのインテリジェンスが独自性の源泉でもあります。模倣能力こそが競争力の源泉と言い換えてもいい。

 「良い模倣」をするうえでは、何の目的で、どこの、誰の、何を、いつ、どのように模倣するかという「5W1H」が問われます。「人の振り見てわが振り直せ」と言うように反面教師から学ぶ姿勢も大事です。

 問 日本企業からイノベーションが起きないのは、そうした模倣能力が低下したからなのでしょうか。

 答 もともと日本企業は模倣を得意としてきましたし、今でも模倣のうまい企業はあります。

5つの模倣戦略の態様
出所:『模倣の経営学』(日経BP社)

 けれども、全体的に見ると、高度経済成長を経て「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われたあたりから、日本企業の間では、「イノベーションは模倣なきところから生まれる」という誤解と驕りが蔓延していきました。多くの企業が、自分たちの世界に閉じこもり、目も耳も塞いだ状態で頭の中だけで独自性を出そうとし、出せるはずだと思い込んできました。

 しかも、そのまずい状態に日本人はなかなか気づきませんでした。昨今でも、アジアの新興国で「良い模倣」「美しい模倣」がどんどん起きているのに、「あれは単にまねをしているだけで、新しいものではない」と否定的な見方をする人がいます。「新興国にまねばかりされる」という模倣脅威論も根強く、自分たちも新興国の企業から学び、模倣しようという積極的な動きが見られません。

 また、模倣によってイノベーションを起こそうとしていても、模倣する相手を間違えている場合があります。製造業の開発部門では、自社製品のスペック向上を図るために、同業他社の製品を参照したり、ベンチマークしたりしていますが、これでは大きなイノベーションにはつながっていきようがありません。

 厳しい競争にさらされているのは分かりますが、同業のライバル他社を模倣しようとしても、もともと情報は限られていますし、たとえ模倣できたとしても同質競争に追い込まれていくだけです。

 そういう「近い世界のお手本からの模倣」ではなく、他業種や海外の企業から学ぶ「遠い世界のお手本からの模倣」、あるいは時間をさかのぼり、過去の初心に返って学ぶ「原点回帰」が有効でしょう。

トヨタ生産方式も模倣から

 問 遠い世界のお手本からの模倣について実例を挙げていただけますか。

 答 例えばトヨタ自動車の「トヨタ生産システム」がそうです。生みの親の大野耐一氏(トヨタ自動車工業=現トヨタ自動車=元副社長)は、米国のスーパーマーケットの仕組みを人づてに聞き、そこにヒントを得ました。

 トヨタ生産方式のイノベーションは、生産の流れにおいて前の工程が後の工程に部品を供給するという従来の発想を逆転させ、後の工程が前の工程に「必要なものを、必要な時に、必要なだけ」引き取りに行く形にした点にあります。

 この発想は、スーパーマーケットとそこで買い物をする客の関係を生産における前工程と後工程になぞらえたところから生まれたのです。後工程に当たるお客が、必要な商品を、必要な時に、必要な量だけ、前工程に当たるスーパーマーケットに買いに行く。スーパーマーケットは、客に売れた分だけ商品を補充していく。このやり方が「ジャスト・イン・タイム」の実現につながると考えたそうです。

 問 そうした「良い模倣」の実現に欠かせないものは何でしょう。

 答 模倣は実践を伴わなければうまくいきません。学問的に言えば、「代理学習」と「経験学習」の組み合わせが必要です。代理学習とは他者から学ぶこと。経験学習とは自分で実践してみて学ぶことです。

 代理学習には、コストとリスクが低い、幅広く学ぶことができるといった長所がありますが、学習の程度が浅くなりがちです。一方、経験学習では、コストとリスクは高くなりますが、深い洞察が得られます。ただし、自分の経験にばかり固執すると視野が狭くなるという短所があります。

 実証研究では、過去に失敗経験を積んだ企業、それも大きな失敗を経験したところほど、ほかの組織の失敗からよく学べる一方で、逆に失敗経験の少ない組織ほど、ほかの組織の成功や失敗から効果的に学習できないことが確認されています。

 つまり、多くの実践経験を積んでいる企業は、他社の経験をあたかも自分たちの経験のように吸収し、その本質を模倣することができますが、実践経験の乏しい企業は、他社のやっていることを見ても、どこか人ごとのようにとらえてしまったり、模倣を試みても、本質をつかめずにサルまねで終わったりするのです。

 再びアップルに話を戻せば、アップルは失敗経験がとても豊富な企業です。マッキントッシュでも失敗しましたし、ジョブズ氏自身、アップルを追われ、NeXTを設立してからも失敗しました。米マイクロソフトとの競争でも散々な目に遭っています。

 しかし、あれだけの失敗を経験したからこそ、代理学習のうまい企業になっていったのだと私は見ています。これはすべての企業に言えることです。他社のやっていることをしっかり観察し、反面教師からも幅広く学び、自社でも経験を多く積んで深く学べば、それがイノベーションの実現につながるのです。

(構成:秋山 基=ライター)

模倣はお手本の分析から

 井上達彦教授は近著『模倣の経営学』の中で、イノベーションを目的とした模倣戦略のタイプとして、他業種や海外の企業といった遠い世界のお手本を模倣する「正転模倣」と、同業他社の悪しき慣行を反面教師としてイノベーションに結びつける「反転模倣」の2つを挙げている(上の図「目的に応じて模倣の仕方も変わる」)。

 後者の一例として取り上げたのがグラミン銀行。既存の銀行のシステムでは貧困層に融資することができないとして、それを反面教師にしてマイクロファイナンスの仕組みを作り上げたというのが理由だ。

 正転模倣と反転模倣のどちらにしても、まずはお手本となる会社のビジネスモデルを分析して、戦略ポジションや重要な経営資源(リソース)を明らかにし、参照とすべき範囲を定めることが求められる。井上教授は、こうした分析を行うツールとして「P-VARフレームワーク」を提示した。

 これは、競争があまり激しくない業界に位置取りするポジショニングの戦略論と、競争力の源泉を「他社が持ち得ない」自社独自の経営資源に求めるリソースベースの戦略論を組み合わせたものだ。一番上に市場におけるポジションを置き、その下に価値を提供する仕組みを3層のピラミッド構造として配置している。

 3つの層の最も上に位置するのは「顧客に提供する価値提案」の層で、そこには特定の顧客セグメントに的を絞って訴求できている価値を入れる。次の層には、その価値を提供する業務活動を記す。そして一番下に位置する層には、その業務活動を支える経営資源を書き入れる。これらの要素を特定することによって、お手本となる企業がどんな価値をどのように提供しているかを把握できる。

 下の表は、ヤマト運輸が宅配便を始めて5年後の1980年における宅配便事業のビジネスモデルを、このフレームワークを使って分析したものだ。同社の宅配便事業が顧客に提供した価値が「翌日配送」と「地域別均一料金」の2つであり、それらの価値を提供する活動は「取次店で集荷して夜に配送する」という仕組みであり、その仕組みを支えていたヤマトの経営資源は集配送のネットワークと訓練されたセールスドライバーであったことが分かる。

4つの要素でビジネスモデルを分析
モデルを分析するための「P-VARフレームワーク」
この記事は日経ビジネスオンラインのコラム「アップルの本質は『模倣の達人』」を再構成しました。
日経ビジネス2012年6月18日号 134~137ページより目次