トヨタ自動車は今年、前年比21%増となる958万台の自動車販売を計画する。同社にとっては過去最高だ。米ゼネラル・モーターズ(GM)から世界シェア1位の座を奪還しても不思議ではない勢いである。

 「山高ければ、谷深し」

 営業企画担当の布野幸利副社長は最近の好調ぶりについて、そんな格言で自戒する。「谷底に突き落とされても、前に進む力がなければならない」と意味深な言葉を続ける。急成長の陰に、罠が潜んでいるとでも言いたげだ。

 布野氏の脳裏には、2000年代の悪夢が深く刻みつけられている。「成長ペースが、とにかく速かった」(布野氏)。2002年に617万台だった販売規模は、5年後の2007年に1.5倍の937万台まで膨らみ、世界シェア首位のGMにほぼ並んだ。

 2008年、自動車メーカーとして前人未到の1000万台の大台を視野に入れかけたその時、リーマンショックが襲う。販売台数は前年比4%減の897万台に落ち込み、2008年3月期に2兆2703億円の黒字だった営業損益は、2009年3月期に一転して4610億円の赤字に陥った。

 販売増を見込んだ設備投資が裏目に出て、谷底に転げ落ちた。加えて2009~10年に起きた大規模リコール(回収・無償修理)問題も、トヨタに暗い影を落とすことになる。

 リーマンショックから4年。今年1~3月期にトヨタは、GM、独フォルクスワーゲン(VW)を抑えて販売台数が世界一になった。再び急成長が始まった今、2000年代の過ちを繰り返すまいと、開発から生産、販売に至るまで、見直しを進める。

トヨタ自動車グループ(ダイハツ工業、日野自動車含む)の自動車販売台数

専門家はデザインを酷評

 豊田章男社長は、「右肩上がりの時代に、私たち経営陣を含めて社員の意識が、『(どんなクルマでも)作れば売れるはずだ』というふうに変わっていった」と自省する。

 だからであろう。最近のトヨタ車に対しては、モータージャーナリストの間で「技術的には優れているが、退屈なデザイン」「所有する喜びに欠ける」「刺激が足りない」などという辛口の評価が散見される。

 米J.D.パワー・アンド・アソシエイツの商品魅力度調査でも、トヨタは大手自動車メーカーの中で、VW、韓国・現代自動車、GMに次いで4位にとどまる。

 豊田氏は「(作れば売れるという意識が)事業の急拡大、急降下をもたらした。持続的成長のために、もっといいクルマを作らねばならない」と力を込める。

 3年前に社長に就任して以来、豊田氏は社内に向けて「“もっといいクルマ”を作ろうよ」と指示し続けている。その具体策は、デザインの改善からチーフエンジニアの権限強化まで広範囲に及ぶ。

「売れるはず」という慢心

迫力のあるデザインに変わった新型「アバロン」(下)と、デザインスタジオ(左上、イメージ写真/提供:共同通信)

 「豊田社長からは、格好よくて、運転して楽しいクルマ作りにチャレンジすることを求められた」

 北米にあるトヨタの研究開発拠点、TTCのチーフエンジニア、ランディー・ステファン氏はそう振り返る。同氏は、北米で今年後半に発売する高級セダン「アバロン」の次期モデルの開発責任者だ。

 豊田氏が注文をつけたのには、理由がある。現行モデルまでのアバロンは、快適な乗り心地や、ソフトな印象のスタイリングを売り物にしていた。以前なら、このクラスの高級セダンでは常識だった。

 ところが近年、GM、米フォード・モーター、クライスラー、現代自が北米でより迫力のあるデザインとドライビング性能の高級セダンを相次いで発売し、市場の風向きが変わった。若者はそうしたアグレッシブなスタイルを好むようになり、アバロンの購入者はどんどん高齢者に偏っていった。

 ステファン氏は、「市場の変化に即応できなかった」と総括する。豊田氏の言う通り、北米でも右肩上がりの時代が続き、「作れば売れるはずだ」という慢心が生まれたのかもしれない。

 開発陣は昨年2月に次期アバロンの試作車を完成させた。それを見た豊田氏は、「“もっといいクルマ”の1号車が誕生した。米国のエンジニアから本当に素晴らしいクルマをプレゼントしてもらった」と喜んだ。

 今年5月に発売した新型「カローラ」のチーフエンジニアである藤田博也氏は、「以前から社内では、『チーフエンジニアの権限が弱い』と言われていたが、豊田社長が権限を強化してくれた」と言う。「ほかの部署の社員の協力を得やすくなった。例えば、以前ならあるクルマの量産を生産技術部門に頼んだとしても、『そのようなデザインでは、設備投資がかさむので量産できない』と拒まれることがあった」と振り返る。

 やむなくデザインを変更して、量産にこぎ着けるしかなかったが、「今ではこちらの要求が通りやすくなった」(藤田氏)。

 トヨタをデザイン重視に踏み切らせたのが、現代自だ。同社のクルマは、側面を流れるボディーラインが特徴である。それはトヨタの生産技術部門なら、「プレス工程で鉄板が割れる」と反発するような、シャープに張り出したラインだ。現代自の生産技術部門はもともとのデザインを最大限尊重する方針を取っており、斬新なフォルムを実現させた。

 トヨタも、それに倣うことにした。生産技術部門は、シャープなラインを描くための加工技術のほか、見る角度によってボディーに絵や文字が浮かび上がる「透かし技術」などを新たに開発し、デザインの自由度を高めたのである。

レクサスは大胆な顔つきに

ボディーラインが特徴の現代自動車のセダン(左)と、レクサス車の「スピンドルグリル」(右)

 トヨタの高級車ブランド「レクサス」も、デザイン重視の開発に大きく舵を切った。

 今年1月、「スピンドルグリル」と呼ぶフロントグリルを採用した新型セダン「GS」を発売。フロントグリルが大胆に開いたその顔つきは、前モデルまでの無難な印象を一変させた。

 トヨタのある幹部は、「初めて見た時、ギョッとした。けれども、見慣れてくるうちに、なかなかいいと思うようになった。BMWやアウディのフロントグリルも、見慣れていないとギョッとするはずだ。スピンドルグリルは長く愛されるモチーフになるだろう」と期待を込める。レクサスでは今後、モデルチェンジするすべての車種に、このスピンドルグリルを採用する。

 「無難で退屈なトヨタ」が、「とがっていて刺激的なトヨタ」に脱皮しようとしている。

 トヨタの改革は、生産現場にも及ぶ。デザイン改革ほどの派手さはないが、業績の浮沈に大きく影響する、トヨタの屋台骨だ。

 生産技術担当の新美篤志副社長は、「2002年以降、毎年およそ60万台ずつ販売を増やし、その過程で大規模な生産ラインの導入を進めた。しかし、リーマンショックで需要が落ち込むと、大きな生産ラインはお荷物になることが分かった」と言う。

 大規模生産ラインは、安く大量に製品を作るのに向く。だが、ひとたび生産量が減ると稼働率が落ち、工場の固定費が大きな負担となる。そこでトヨタは、少量でも安く生産できるラインを新たに開発することにした。

 その成果の1つが、「横置き」のクルマが流れる生産ラインである。通常は「縦置き」のクルマがラインを流れる。

 縦列のクルマを横向きに変えることで、クルマ同士の間隔が狭まり、ラインが短くなる。省スペースにつながるだけでなく、工員の作業手順を工夫することによって、より短い時間での生産が可能になり、製造単価が下がるという。

天井からクルマ吊るすのをやめた

セントラル自動車の宮城工場。少量でも安く生産できる最新設備を導入した

 さらに天井からクルマを吊るしてラインを移動させる従来の方法を改め、台車にクルマを載せて移動させる手法を取り入れた。天井の補強材が不要になり、建屋のコストが下がる。

 こうした細かな工夫をいくつも積み重ねることで、少量でも安く作れる生産ラインを実現したという。そんな新技術を導入した工場の1つが、トヨタの生産子会社、セントラル自動車が運営する宮城工場(宮城県大衡村)である。

 ここで5月11日、新型カローラの量産が始まった。現地で式典に臨んだ豊田氏は、来賓を前に「新型カローラは最新の生産技術を盛り込んだ、ここ宮城工場で生産する。このカローラで、日本のモノ作りの底力を世界に示そう」と宣言した。

日経ビジネス2012年6月4日号 36~39ページより

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