日立製作所が部長職を対象に実施している経営者育成のためのプログラム「HIMAX(HIMD Management Exercise)」。20人ほどの受講者が4チームに分かれ、それぞれ創業して5期目(2年半)の赤字会社を引き継ぎ、所定期間内(2年半)に業績を回復させ、競争力のある会社に育てる経営シミュレーションに取り組む。この社内道場のヤマ場が、2月14日に実施した疑似株主総会だ。各チームは発表資料を作成し、これまでの経営を総括する。

 経営陣として並んだ1つのチームに対し、別のチームの受講者が務める株主の厳しい質問が飛ぶ。CEO(最高経営責任者)、CFO(最高財務責任者)、CMO(最高マーケティング責任者)、CTO(最高技術責任者)が、おのおのの立場で株主の問いに答える。

倒産の責任を追及され、解任動議が出された「株主総会」

経営陣に「解任動議」

 「第8期に倒産しましたが、役員にどんなペナルティーを科し、回復に向けてどんな反省をしましたか」

 株主の問いに対し、CMOは「第8期に市場動向を見誤ったのは営業担当役員である私の責任です。あそこまで価格が下がるとは予想できず、高をくくった値段を設定して販売額が大幅に減りました。責任を取らせてくださいとCEOに言ったのですが、『辞めることはいつでもできる。何とか立て直せ!』と説得されました」と答えた。

 続いてCTOが口を開いた。「製造のトラブルは、CTOである私の不徳の致すところであります。これがすべての原因のもとです。本来なら私は退任させられて当然ですが、もう一度方針を見直し、市場が縮小する中で選択と集中を加速しようと役員一丸になって取り組んでいます」。

 説明に納得がいかないといった表情で、株主が再び疑問を投げかける。「倒産の原因がはっきりと分かっていて確実に改善されるというのであれば安心ですが、商品戦略そのものを根本的に見直す必要があるのでは?」。

 「高収益な製品に特化することが一番確実な方法だと信じています」

 「要はその製品と心中するのですか」

 「当初から決めていました」

 CEOと株主のこんなやり取りの後、CTOが「ほかの製品の開発は遅れていますし、これらの市場は既に価格競争に陥っており、いずれ衰退していきます。だから現行の製品に集中することが当社の大きな戦略です」と説明した。

 株主がさらに畳みかけるように尋ねる。「累積損失がかなりありますが、解消できる見通しはありますか」。

 財務面に質問が及ぶと、回答者がCFOに代わった。「正直、僕も長い期間がかかるかなと思っていまして...」。

 その答弁が終わるか終わらないかの中、突然、叱責するような声が飛んだ。「もうあんまり時間がないんだけれど、どうするの? 経営陣はクビにするの? このままやってもらうの?」。

 「株主としては、累損解消がいつだか分からないというお答えでは、ちょっと容認できません。経営陣の解任動議を発動します」。張り詰めていた空気が解かれ、笑いが漏れた。

 すると、もう一度厳しい声が飛んだ。「とにかく経営陣は声が小さいし元気がない。もっと開き直って大きな声で『こうやるぞ』って迫力を持って説明しないと。中国人とか米国人とかに負けちゃうな。だって倒産したにもかかわらず、株価は上がってきたんでしょう? こんなことはめったにないんだから、もっと自信を見せないとダメだよ。グローバルに通じないよ」。

 声の主はこの研修に招いた外部講師。株主役の受講者に対しても、不満の矛先が向かった。「株主もさ、ビシビシ言わないと。『クビにします』と言ってたけれど、そんなに小さな声で本当にいいの。何を言ってるのか、全く分からないよ」。

 実はシミュレーションの途中で倒産したり、株主総会で経営陣の解任動議に至ったりするには理由がある。あらかじめ市場が縮小するように設定されているのだ。外部環境が劇的に変わるので、経営が破綻する可能性が高まる。

 研修を担当する日立総合経営研修所ビジネスパートナリング部経営研修グループの北澤尚明・部長代理は「受講生はみんな優等生。自分たちがうまくいかないわけがないという意識でバラ色の計画を立ててしまう。でも、いざ蓋を開けてみると、思惑が次々と外れて受講生を追い込む仕掛けになっている」と説明する。

受講生が経営する会社の経営状況を1社ずつ分析して経営課題を考える

 参加チームすべてが1年で倒産させてしまうこともある。残る3期(1年半)で立て直すには、競争環境や将来の見通しを正しく分析できるかどうかが決め手になる。特に重要なのが市場の分析とライバルの状況判断。調査会社にお金を払って情報を取る。全部で22項目あり、営業情報(他社の販売状況、値付け、実売数、各社のシェア、出荷数)や製品情報(他社の開発状況)、量販店の信用情報などだ。

 「皆、最初は情報を取るが、1回やったら意味がないと思ってやめてしまう。どんな状況に置かれても情報を取り続けないと、市場が受け入れない製品を作ってしまう恐れがある。なぜ売れないのかと思ったら、取引先が倒産していたということもある」(北澤氏)

失敗通じて市場を見る目を磨く

 実態を把握していくという経営の基本姿勢が問われる。市場を見ないと、失敗する。ゲームとはいえ、倒産の憂き目に遭うと、チーム全員が暗くなる。「なぜあの人があんな判断を下したのか?」と疑心暗鬼を深めるという。

 赤字経営のつらさを実感し、倒産という事態を経験するなど、あえて経営の修羅場を疑似体験することで経営者としての問題意識を身につける。変化の激しい競争環境で、経営資源や時間などの制約を受けつつも的確な意思決定を下すには何が必要なのか、受講生の理解を促す。受講生は貴重な体験を日々の業務に生かしながら、経営陣の一員に指名される日を待つ。

日経ビジネス2012年5月7日号 30~31ページより

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