『元気』
五木 寛之(いつき・ひろゆき)
幻冬舎文庫
500円
ISBN4-344-40697-4

(写真:スタジオキャスパー)

 私は常々、「元気・勇気・夢」というフレーズを社員や当社の加盟店との合言葉にしている。夢の達成も、そのために勇気を持って行動することも、根源である「元気」がないと始まらない。そこで手に取った五木寛之氏の著書『元気』を紹介したい。

 本書は万物の根源であり、個人に宿る「元気」を解き明かすことで、現代人の生き方を示唆している。

 ここで言う元気とは、いわゆる病気と対になる「元気がいい」という概念とは異なる。そもそも「健康」と「元気」とはイコールではない。「元」はすべての大本であり、「気」とは天と地のエネルギーを合わせた表現だ。著者は「宇宙万物を生みだし、それを生かしているエネルギーの海」と位置づける。つまり、この「海」こそが「元気」なのであり、その一部が人間の命として個人に宿っているわけだ。

 五木氏の代表作『大河の一滴』にはこんな一節がある。「私たちはそれぞれの一生という水滴の旅を終えて、やがては海に還る」。本書は、その根源を描いた作品とも言える。

死を思う大切さ

 「今の時代にストレスを感じない人間がいたら、それこそ心配」だと著者は言う。確かに、現代はストレスに満ちており、これを回避するよりもうまくつき合う方が賢明である。

 そこで著者はストレスとのつき合い方として、「死を思え」と提案する。一見、後ろ向きのイメージではあるが、「失われた元気をとりもどすためには、失われた死の実感をとりもどすしかない」と断言する。

 現代では畳の上で死ぬことが難しくなり、一般生活と「死」は縁遠くなった。多くの方が犠牲になった東日本大震災ですら、大部分の方はメディアを通したバーチャルなイメージしか実は持っていないのではないだろうか。

 それでも死は特別ではなく誰にも訪れる自然なものである。そう捉えることが死の実感を、ひいては失われた元気を取り戻すことになるのだろう。そう考えれば死と隣り合わせの戦乱の世に、人間の元気な時代があったこともうなずける。

 本書では古典や著者自身の考えをまとめた健康法も紹介している。詳細は中身をご覧いただきたいが、著者はあらゆる健康法は「気やすめ」だと言う。これは独特の言い回しで、実際は「気を休める」という意味で、これが「元気」につながるのだ。

 では、どうすれば元気に生きることができるか。著者は「諦念」「観念」「放念」という3つの方法を挙げる。

 まず「諦念」とは諦めではなく、「明ラカニ究メル」、つまり覚悟することである。「観念」は観想(イメージ)して念ずること。そして「放念」は執着しないという意味だ。

 もっとも、これらを実践したからといって具体的に何か効果があるとは言わない。「無功徳」だという。それでも続けられることこそが「気やすめ」の一番の健康法なのだ。

 あらゆる事象に明確な結果が必ずあると思うことは、現代人の悪い癖だろう。本来先のことなど誰も分からない。それなのに予定調和を求める矛盾をいつまでも繰り返していることが、現代ストレスの最大の原因ではないだろうか。「先のことは何も分からない」と諦念し、「終わったことは仕方がない」と放念する。つまり著者によれば「一刹那に生きることこそ現代人の元気の条件」なのだ。

 ストレスの多い時代だからこそ、各個人が当たり前のことを当たり前に受け入れ、当たり前にするのが大切だと思う。それで少しでもストレスが緩和され、小さな個人個人の「元気」が集まって社会全体の「元気」につながると期待したい。

日経ビジネス2012年5月7日号 68ページより目次