新事業の「授業料」は我々が払う

 問 短期的利益を追求する企業が増える中で、確かにアマゾンは辛抱強い。先行投資期間が長い印象があります。

 答 おっしゃる通り、我々は辛抱強い。待つのは平気です。2~3年でうまくいく必要は全くありません。状況によっても変わりますが、一般的に私たちの会社が見ているタイムラインは、5年から7年です。

 もちろんどこかの時点で顧みる必要は出てくるでしょう。うまくいかないものにいつまでも投資することはできませんから。しかし、1つの事業を構築するために5~7年にわたって投資する用意は常にあります。

 我々は市場シェアを自分たちで決めることはできないと常に思っています。最高の顧客経験を提供することに重点を置いてビジネスを展開するだけ。あとは顧客がアマゾンのシェアを決めます。アマゾンで買い物をするのか、それとも別のところでするのか。これは常に顧客が決めることです。

 しかし、新事業を始める際には、私たちは経験が不足しています。その費用を顧客に払わせるようなことをしてはならない。初めて何かをする時には、必ず授業料を払わなければならないのです。未経験で分からないことがあるから我々は学習する。学習期間は投資期間です。うまくできるようになったら、投下資本利益が向上し、その投資は利益を生むものに化けます。

 問 もともと短期的な利益を追求するウォールストリートにいたのによくそのような考え方に立脚できますね。

 答 だからこそ、私は“かつて”ウォールストリートにいて、そして今はいないのだと思います(笑)。

 問 ここ最近の消費者の変化をどう見ているのか伺いたいのですが。

 答 最大の変化の1つはモバイル端末の普及でしょう。つまり、スマートフォンやタブレット端末です。これらは長い期間にわたってECに影響を及ぼすでしょう。確実にアマゾンと顧客、双方にとって機会が生まれます。モバイル端末は顧客経験を高めるものだと捉えています。

 問 お話を伺っているとそのうちアマゾンから電話が出てくるような感じもしますね。

 答 あらゆるスマートフォンを使ってアマゾンでショッピングができる点が重要です。私たちは将来的なロードマップについてコメントをしない方針ですのでお話はできません。

 問 米国ではカラー液晶を採用したタブレット端末「キンドル・ファイア」がかなり売れているようですが。好調の理由は何でしょうか?

写真:的野 弘路

 答 キンドル・ファイアがただのデバイスではなく、サービスだからです。エンド・ツー・エンドのサービスであることでほかのタブレット端末と差別化できています。私の個人的な意見ですが、ただデバイスを作っただけで顧客が関心を持つとは思えない。顧客が求めていること、顧客がしようとしていることは何か。それは書籍を買い、音楽を買い、映画やテレビ番組、アプリを買うことです。デバイスとサービスをシームレスに融合させたのがキンドル・ファイアなのです。

 199ドルという端末価格の安さがセールスポイントかと言われると...そうですね。美しいディスプレーを持ち、サービスとデバイスがシームレスにつながるプレミアムな商品ですが、プレミアムではない価格で提供していると思っています。

 問 米国では書店の倒産が相次いでいます。紙とデジタルの書籍はどう変化していくと思っていますか。

 答 それを決定するのも顧客だということです。私たちは電子書籍を提供する一方で、従来の書籍のビジネスも非常に好調です。今後も両方を提供していくつもりです。

 電子書籍への移行がどれほど速く進むかは、顧客の選択によって決まるでしょう。これまでのところで言えば、迅速に移行していると言えます。電子書籍市場は急速な拡大を見せています。その急速な成長が今後も続くかどうか、今後の成り行きを見守りたいと思います。

 問 ご自身の生活では紙の書籍と電子書籍、どちらを読んでいますか。

 答 私個人の意見を言えば、電子書籍を選びます。100%かと言われると...そうですね、一度電子書籍を試すと後戻りは難しいでしょうね。電子書籍には、様々な機能があります。目が疲れたらフォントのサイズを大きくできるし、単語の意味が分からなければ簡単に調べられます。

 新しい本が欲しければ、60秒で入手できる。配達されるのを待つ必要はありません。メリットが本当にたくさんあります。軽いのでたくさんの本を持って歩けますし、片手で持って読むことだってできます。

 本を読むことに私たちは慣れていますが従来の本を読むという経験は、完璧なものではありませんでした。慣れているが故に、欠陥に気づかないのです。一度キンドルを使って、従来の本に戻ると、もどかしく感じるようになります。

 問 幾度となく電子書籍の日本での提供について取り沙汰されていますが、いつ開始するのですか。

 答 年内の早い段階に新しい情報をお伝えできると思います。

 問 それは端末を発売するということでしょうか。キンドルストアだけ先に登場するという話も出ていますが。

 答 年内の早い段階に新しい情報をお伝えしますとしか言えません。

 問 質問を変えましょう(笑)。日本は再販価格制度が欧米に比べ強い。交渉は大変でしょうが、いま一度、出版社に対してキンドルでビジネスを展開するメリットについて教えてください。

 答 一般的に言えるのは、電子書籍は著作権保持者、つまり、出版社や著者にとって、非常に大きな利益をもたらすということです。なぜなら、いったい何部印刷すればいいのか、悩む必要がないからです。

 従来の書籍の場合、発行日を決めたら印刷部数を1万部にするのか、5万部にするのか、10万部にするのかを決めなければなりません。推測を立て、一か八かでやってみるしかない。そのため、出版業界は売れ残ったり、返品されたり、処分したりする本が非常に多くなります。初版部数の管理はこのビジネスにおいて非常にコストがかかる部分です。

 では逆はどうか。印刷部数が少なすぎると、その本が最も注目されているタイミングで在庫がなくなります。つまり、出版社や著者にとって、電子書籍の最も素晴らしい点は、「いつも適量がある」ということです。これは大きな利点でしょう。

 もう1つは、ロジスティックスの流れがないことです。本を運ぶ必要もないし、何百もの場所で本を販売する営業チームも必要ありません。非常に効率的なビジネスモデルです。

 出版社が常に心配していることは分かっています。移行期のことでしょう。出版社にも様々な規模の会社があり、それぞれに異なる考え方を持っています。統一された1つの意見を持っているわけではありません。中には電子書籍の将来に対して非常に傾倒している出版社もあります。彼らはこのプロセスを進めたがっています。

 私たちの仕事は、すべての出版社と協力し、彼らのニーズを満たす方法を考えることです。それは、私たちが事業をしているどの国でも同じです。

 問 日本での販売も紙より安く売ることにこだわりを持っていますか。

 答 それは将来的な...。いえ、それについても、年内に新しい情報をお伝えします。

 問 米アップル、及び大手出版社5社が電子書籍販売において独占禁止法の疑いで米司法省に提訴されました。価格決定権を出版社側に委ねる「代理店モデル」が問題視されています。販売価格を自由に決められる「卸売りモデル」を進めたいアマゾンにとってこれは追い風ですか?

 答 あれはキンドルの所有者にとって大きな勝利です。私たちは、さらに多くのキンドルブックの価格を引き下げられるようになることを楽しみにしています。

 私が言えるのは、常に読者と著者に協調すべきだということです。これは、書籍ビジネスに携わるすべての人へのアドバイスでもあります。

 出版社でも、卸業者でも、小売業者でも、あるいは編集者でも、仕事が何であってもいい。常に読者と著者の両方と協調すべきなのです。なぜなら、立場が保証されているのは、この両者だけだからです。この単純な事実を出版業界の人たちが忘れているのではないかという気がします。アマゾンを含め、他の全員は中間業者。そして、我々は中間にいる権利を勝ち取らなければなりません。

 問 日本で事業を開始してから12年経ちます。現状までの評価は。

トヨタから学んだカイゼン哲学

 答 もちろん、日本は最も重要な市場の1つですが、それとともに日本ではたくさんのことを学んでいます。例えば、日本の配達スピードは世界で最も速い。物流インフラが優れていることや、人口密度が高いことなど外的要因もありますが、仕事の水準が高いのです。日本は当社の宝の1つなんです。

 業務改善についても、トヨタ自動車がリーン生産方式の一部として広めた手法を早くから採用しています。現在、我々は世界中で、1週間にわたる改善イベントを実施しています。

 1つ面白い話をしましょう。数年前、私は1週間の改善イベントに参加したのですが、そのためにある人物を雇いました。その男性はトヨタなどほかの会社で経験を積み、エグゼクティブとしてその業務分野を長年率いていた人でした。彼はいつも大声で叫ぶ。社内ではその人は「コンサルタント」ではなく、「インサルタント(侮辱し、攻撃する人)」と呼ばれていました。

 私たちは1週間にわたって改善に取り組んだわけですが、半分ほど過ぎたあたりでしょうか。ある部屋にほこりがたまっていたので私が掃除をしていると、彼がやってきてこう言うのです。

 「ベゾスさん、私は部屋を清潔に保つことには賛成です。しかし、聞かせてください。なぜほうきで掃いているのですか?

 どうして汚れのもとを取り除かないのですか?」

 それはとてもいい指摘でした。ほこりの根本的原因を見つければ、ほうきで掃く必要はなくなります。ほこりの原因はたくさんあるので、特定するのは難しいことが分かりました。

 しかし、そのメンタリティー、アプローチ、哲学を、私たちは日本から輸入して世界中に広めました。まさにカイゼンの哲学ですね。

傍白
 「それを決定するのは顧客です」「それも顧客が決めることです」。取材中、これほど「顧客」という言葉を連発された経験は初めてです。そこで「顧客主義を口にする会社は多いけれど、他社とどこが違うのか」とあえて意地悪な質問をぶつけてみたくなりました。その時のベゾスさんの返事を聞いて、この人は筋金入りだと確信しました。「他社は顧客、顧客と口では言っても、結局、ライバルを見て戦略を決めている。それは何も発明していないのと同じ。先駆者とは言えない」。すべての戦略を顧客基点で考え抜くのがベゾスさんの哲学であり、成功体験なのでしょう。そして、そのことを社内の隅々にまで浸透させようとしている。インタビュー中、そんな執念が伝わってきました。
日経ビジネス2012年4月30日号 108~111ページより目次