国が4月から食品に含まれる放射性物質の新基準を適用する。パルシステムなどは先駆けてより厳格な自主基準値を発表。“下限合戦”の背景には、国への信頼の失墜がある。

 「生鮮の宅配、何かお使いですか?」

 乳児の予防接種で保健センターを訪れた東京都在住の母親は、ある宅配の勧誘員に声をかけられた。「放射性物質の検出限界値は、測定機器によって違うんですよ。当社は昔から機器を導入、測定していて、検出限界が数ベクレルなんです」。パンフレットを隅々まで読みながら、母親は宅配業者を代えるべきか真剣に悩み始めている。

 子供を持つ母親にとって、安全、安心な食材を手に入れられるかどうかは死活問題だ。政府は東日本大震災直後に決めた放射性物質の暫定規制値をようやく改定。4月以降、新たな規制値に順次置き換えていく方針を示した。

 しかしながら、「改定後の数値でもまだ高い」との声は根強い。宅配大手のパルシステム生活協同組合連合会は昨年から暫定規制値を下回る自主基準値を採用していたが、2月6日に厳格化した第2弾のガイドラインを発表した。海藻類、きのこ類を除く食品は1kg当たり10ベクレルまたは50ベクレルとし、政府新基準の100ベクレルを下回る。

 それからわずか2週間後の2月20日、同じく生鮮宅配の大地を守る会がさらに厳しい自主基準値を発表。飲料水やコメ、牛乳などは1kg当たり3ベクレル、野菜や肉などの一般食品を10ベクレルに設定。例えばコメは政府新基準の33分の1という驚くべきものだ。「3ベクレルは当社の測定機器の検出限界値。当社のデータの蓄積によっていけると判断した」(大地を守る会広報)。らでぃっしゅぼーやや生活クラブ連合会でも、自主基準値の策定を検討しているという。

測定機器を自前で導入する宅配会社が増えている(写真はイメージ)
写真:共同通信

 さながら“下限合戦”の様相を呈してきている各社の自主基準値。パルシステム商品本部商品活動企画課次席スタッフの原英二氏は「あくまでも当社の組合員からの要求。他社との差別化を意図したものではない」と言う。ただ具体的な自主基準値を提示する企業に、信頼感を覚える消費者が多いのも事実。安全、安心を担保するため、各社の模索が続いている。

 この流れの1つの契機となったのは、イオンの取り組みだ。昨年11月に、「店頭での放射性物質“ゼロ”を目標にする」と発表。「放射性カリウムなど、食品にはもともと、自然界の放射性物質が含まれている。ゼロは科学的にあり得ない」(倉敷芸術科学大学学長・唐木英明氏)と賛否を含めて議論を巻き起こした。イオンの岡田元也社長は、「放射性物質が安全かどうかは誰も分からない。杞憂にすぎないのかもしれないが、消費者が不安であることだけは間違いない」と自説を展開する。

測定機器や検査頻度もバラつき

 各社が自主基準値を設定する背景には、国への信頼の“失墜”がある。東日本のスーパーマーケットでも、西日本から生鮮を調達し、目玉にする店舗も多い。「国が信頼に足るように対応をしてくれれば、わざわざ自主基準値を設けなくてもよかった。日常的に食べるコメが100ベクレルでいいのか、など新基準でも不十分と考えた」と、パルシステムの原氏は話す。

 では、他社より自主基準値が低ければ、それで安全と言えるのか。ある宅配業者は「基準値の高い低いが独り歩きすることは意味がない。測定機器は何か、どのくらいの頻度で検査しているのか、対象は加工食品にも及ぶのか、など『精度』の違いも各社で大きい」と力説する。

 低線量の放射性物質による影響の有無を分ける閾値が存在しない以上、「何ベクレル以下なら安心」という明確な指標も存在し得ない。自主基準合戦が一巡した後は、測定機器の精度を競う“スペック論争”など、次のステージが待ち受けているかもしれない。

(佐藤 央明)
日経ビジネス2012年2月20日号 15ページより目次

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