水と一緒にのみ込んだカプセルが胃の中を泳ぎ回り、病気の兆候がないかを探る。胃を調べ終わったら、次は十二指腸、そして小腸へ――。そんな簡便な検査で難病を早期発見できれば、治療の効果はぐっと高まる。

 大阪医科大学と龍谷大学の研究グループが現在、共同で開発に取り組んでいるのが「自走式カプセル内視鏡」だ。

 超小型カメラを内蔵した錠剤型のカプセル内視鏡に、小型磁石とヒレを組み合わせた装置を取りつけたもの。これをのみ込んだ後、体外から電磁石の働きにより操作し、消化管の内部を自動的に撮影する。

 胃カメラや大腸カメラなどのチューブ式内視鏡は、のどや肛門から長い管を入れるため患者の苦痛や負担も大きい。「カプセル内視鏡はのみ込むだけなので苦痛はほとんどない」(研究を手がける大阪医科大学の樋口和秀教授)。

 従来のカプセル内視鏡は、消化管内で食物と同様に臓器の収縮運動によって移動するため、自ら動いて任意の位置や方向から撮影できないという弱点があった。また、カプセルをのみ込むとすぐ胃の底部まで落ちてしまうため、胃の検査にも使えなかった。自走式カプセル内視鏡は、こうした課題の解決を目指している。

 検査時には、上下左右に大型電磁石を設置した四角い枠の中央に体を横たえる。そこで電磁石に流す電流の波形を変化させると、磁極の間に発生した磁場の変化に合わせて、体内のカプセルのヒレが動き、まるで魚のように泳ぎ回る。研究グループは先頃、人体での可動・撮影試験に成功した。

 胃内を撮影する場合は事前に水を飲んでおき、その中を泳がせる。体の姿勢をずらしながら水がある場所を調整し、カプセルを操作して任意の場所を撮影する。大腸内の撮影では、肛門から大腸内に水を注入した後にカプセルを入れる。この場合も座薬を入れる感覚に近く、体の負担は少ない。

 「技術的には5年後にも製品化できるメドがついてきた。将来的には食道から胃や小腸、大腸などの消化器を一度に検査できる可能性もある」と樋口教授は話す。健康診断や人間ドックの検査用途にも向くと見られ、胃ガンや大腸ガンなどの早期発見につながると期待される。

 実用化には磁場発生装置の低コスト化も必要なため、医療診断機器メーカーなどとの連携も視野に入れている。

タカラバイオは遺伝子治療の“媒介”となるたんぱく質を開発した
自走式カプセル内視鏡は胃や腸内の水の中でヒレを振り、泳ぎ回る。撮影した画像はリアルタイムで体外に無線送信される(写真提供:大阪医科大学)
唾液に含まれる複数の代謝物を観測し、口腔ガンや乳ガンなどの可能性を見分ける。体の負担が少なく、低コストで実施できる簡便な初期検査として期待される。
抗体をガン細胞にあるたんぱく質と結合させたうえで、薬剤によってガン細胞を攻撃する。周囲の正常細胞が損傷しにくくなり、副作用を最小限に抑える。
現状ではアルツハイマー病の根治療薬はないが、物忘れなど軽微な症状が見られる患者に投与し、認知機能が低下する速度を遅らせる予防薬の開発を目指す。
腕などに貼るだけでワクチンを接種できるパッチ型の医療器具。子供にも使いやすい、痛くない“注射”として実用化が期待される。様々な大学や企業が研究中。
食べるとスギ花粉症の症状が緩和されるコメ。遺伝子組み換え技術により、免疫を誘導する成分を白米部分に蓄積して作る。2020年度の実用化を目指している。

効果的にガン細胞を攻撃

 日本では、病気治療の技術進歩も目覚ましい。ガンなど様々な疾患の原因となる細胞に対し、その働きを抑える遺伝子を注入して疾患の治癒を目指すのが「遺伝子治療」だ。

 分子合成によって作る従来の製薬手法では得られない、画期的な効果を得られる可能性を秘めており、「不治の病」が減ることも期待されている。この分野で、日本で先頭集団を走るのがタカラバイオだ。

 同社が優位性を持つのは、疾患細胞に遺伝子を注入する際の“媒介”の技術。同社が開発した組み換えたんぱく質「レトロネクチン」で、これを使うと細胞に入る遺伝子の量が格段に増え、治療効果を高められる。

 これまで同社が技術供与し、レトロネクチンを使って実施された遺伝子治療の臨床投与例は、米国など海外を中心に300以上ある。こうした臨床投与は医師の責任の下で実施される。「患者に副作用が出たケースもあるが、多くでその効果が認められた」(同社)。

 遺伝子治療には、遺伝子を患部に直接入れる「体内型」と、血液などを一度体外に出して注入する「体外型」とに分けられる。タカラバイオは後者の体外型だ。例えばガン治療の場合、血液から採取したリンパ球に、レトロネクチンを使って「TCR遺伝子」を組み込む。TCR遺伝子はガン細胞を認識する機能を持っている。これにより、リンパ球が効果的にガン細胞を攻撃できるようになる。さらに、体外でリンパ球を増やせば、効果は一段と高まる。

 タカラバイオは現在、三重大学医学部と臨床研究を進めており、2013年度には医薬品としての認可を得るための臨床試験を始める計画だ。

 再発した白血病などを対象とした遺伝子治療では、既に国立がん研究センターで臨床試験を実施中。タカラバイオは2017年度に新薬承認を得る目標を掲げている。体外型の遺伝子治療で新薬承認を得た例は世界でまだなく、成功すれば日本の医療研究水準の高さを改めて示すことになる。

人工関節の寿命を長期化

 高齢者に多い関節リウマチや変形性関節症の痛みは、日常生活に支障を来すほどの深刻な問題だ。骨折で関節に大きな障害を受けた人にとっても、その機能の回復は切実な願いだろう。

 痛みをなくし、動きをある程度取り戻す方法に「人工関節」の埋め込みがある。人工膝関節の埋め込み手術は日本だけで年間約7万件、人工股関節は約10万件に上る。京セラグループの日本メディカルマテリアル(JMM)は今年、世界で初めて、素材に生体親和性ポリマーを採用した人工股関節を製品化した。

 一般に人工関節は使っているうちに表面が削れ、粉が発生する。粉に対して細胞が免疫反応を起こすと、人工関節周辺の骨が少しずつ消失してしまう。その結果、人工関節がゆるくなり再手術が必要になることがあった。

 JMMが新開発した人工股関節は、摩耗が少なく免疫反応も起こしにくい生体親和性ポリマーを使うことで長期の使用に耐えられる設計にした。「70年間は使い続けられそうだ」とJMMの興松英昭副社長は言う。高齢化に伴い、世界的に人工関節の手術件数は増えると見込まれており、JMMは新素材を武器に競争力の強化を狙う。

 難病に悩む世界の患者が、日本の技術を待ち望んでいる。

日経ビジネス2011年10月10日号 40~41ページより

この記事はシリーズ「特集 ニッポンの稼げる技術100」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。