ここ数年、研究開発の効率悪化が指摘される日本企業。だが、「革新的なテクノロジーを生み出す力」が衰えたわけではない。苦境の中でも、世界市場を席巻する新技術は着実に育っている。

 読者の皆さんは覚えているだろうか。1980年代後半の「超電導ブーム」を。電線の電気抵抗をゼロにして送電ロスを防ぐ新技術として、多くの企業が参入した。しかし、技術的ハードルのあまりの高さに開発を断念する企業が続出。ブームは瞬く間に過ぎ去った。

 その「夢の技術」への参入から40年、地道に研究し続け、ついに工業製品として量産化に持ち込んだ企業が日本にある。住友電気工業だ。

発見から100年目での実用化

 超電導ケーブルの技術開発と生産で世界をリードする同社の大阪製作所。米国や中国など世界中から受注が舞い込み、年産500kmの生産能力を2倍に拡大しようとしている。オランダで超電導現象が確認されてからちょうど100年。超電導・エネルギー技術開発部の林和彦・応用開発部長は「今年は超電導技術の事業化元年」と話す。

 素材を冷やし電気抵抗を消すのが超電導現象だ。最初に確認されたのは液体ヘリウムでマイナス269度に冷却した水銀だった。その後、ほかの金属系の素材でも観測されるようになった。住友電工の技術は、「ビスマス系」と呼ばれる銅酸化物を使った超電導ケーブルで、マイナス163度で超電導状態になる。高価なヘリウムでなく、安価な液体窒素で冷却できるのが特徴だ。

 40年の歴史は撤退と隣り合わせだった。経営会議で現状を報告すると「超電導は会議室から出ていけ」と言われ、開発チームは誰でも一度は「会社を辞めろ」との言葉を浴びたという。

 それでも諦めることなく、素材の組み合わせと生産方法の研究を進めた結果、2003年に転機が訪れる。不純物が極めて少ない超電導線の製造を可能にする「加圧焼成法」の開発だ。

 50アンペア以下だった電流量の上限は新製法の導入以降、飛躍的に伸び、今では250アンペアを実現(製品としてのカタログ数値は200アンペア)。同じ太さの銅線と比較すると200倍もの電流を流せるようになり、一気に実用化へのメドが立った。

住友電工の林和彦部長は「ようやく工業製品と言えるレベルにまで技術が進化した」と話す

 応用範囲は無限だ。発電所からの送電ケーブルに使えば、送電中の損失が半減する。少ないスペースで大容量の電流を流せるため、土地の有効活用につながる。小型で高出力の超電導モーターは船舶や電気自動車の性能を大幅に向上させ、MRI(磁気共鳴画像装置)は持ち運べるサイズになる…。当面の市場規模は2兆~3兆円と想定されるが、用途開発が進めばその規模がさらに膨らむのは間違いない。

 実用に近いビスマス系の超電導ケーブルでは、住友電工が世界の最大手。「社内の誰も計算できない」(林部長)という40年間の開発投資を、まとめて回収する日が近づいている。

 日本企業はここ数年、「高水準の研究開発費を投じている割には、それを収益に結びつけることができていない」と言われてきた。みずほ総合研究所は昨年9月、日本の「研究開発効率(過去4年間の付加価値/8年前から6年前までの累積研究開発支出)」がここ数年、米国やドイツに比べ2~3割下回っているとの調査結果を公表。日本の「技術で儲ける力」の衰えを指摘した(みずほリポート「日本企業の競争力低下要因を探る」)。

 しかし、「夢」と言われた超電導ケーブルのようなテクノロジーが実を結ぶとなれば、状況は全く変わってくる。

 日本企業の研究開発にとって、この10年は「衰退」ではなく、「助走」の期間──。本人や他人の細胞を使って臓器や筋肉の働きを回復させる再生医療も、そんな期待を抱かせる分野だ。

 京都大学の山中伸弥教授が2006年に世界で初めて人のiPS細胞(人工多能性幹細胞)の作成に成功するなど、日本勢が先頭集団を走る。再生医療は、2020年までに10兆円産業に育つとの予想もある。

 東京女子医科大学や大阪大学などは「細胞シート」の開発に邁進中だ。薄膜状に培養した細胞を臓器に貼りつけ機能の回復を目指す、いわば“臓器の絆創膏”。既に心臓病の治療に効果を発揮した事例などがある。臓器のみならず、皮膚や角膜、食道、骨の再生など幅広い部位への応用も期待される。

 東京女子医大の岡野光夫教授が考案した培養器具を販売するベンチャー企業「セルシード」が昨年3月にジャスダックに上場するなど、実用化に向けた動きも活発になってきた。

 次の10年を明るく照らす日本の技術はまだまだある。例えば、LED(発光ダイオード)と並び、次世代照明の主役とされる有機EL(エレクトロ・ルミネッセンス)。白熱電球や蛍光灯など照明器具の世界市場は10兆円規模と言われるが、その半分が有機EL照明に置き換わるとの予測もある。

次世代照明市場でも主導権

 この有望分野で、主導権を握ろうとしているのはコニカミノルタホールディングスやパナソニック電工、NECなどの日本企業だ。その1つ、三菱重工業やロームなどが出資するルミオテックは今年1月、世界で初めて、山形県の工場で量産を開始した。

 最大の特徴は形状にある。ルミオテックの有機EL照明は厚さ2.1~2.3mmの薄い板状。「照明器具の省スペース化が進むのはもちろん、従来にないデザイン性の高い明かりが、家やクルマのインテリア、夜景を一変させる」(森田好彦マーケティング部長)。

ルミオテックのフロアスタンド。板状の有機EL照明が斬新なデザインのインテリアを生む

 普及への課題は寿命と価格だ。ルミオテック製品の寿命は現在約2万時間。白熱灯の約1000時間より長いが、LED照明の約4万時間には及ばない。価格も1個1万3000~4万円と高価だ。同社は寿命をLED照明に近づけるとともに、2017年までに価格を現在の10分の1に引き下げる計画だ。

 「海外の消費者のニーズを捉え切れていない」「ネットワーク型製品の創造力が低い」「欧米企業に比べデザイン力に劣る」…。様々な問題点が指摘されている日本企業の研究開発だが、「革新的なテクノロジーを生み出す力」が消えたわけではない。競争力に陰りが見え始めた分野もある一方で、新しい技術は着実に育っている。

 次ページからは、日本の「稼げる技術」をさらに展望する。

注:特集内で紹介した技術の研究主体は、主な企業や大学を記載した。
日経ビジネス2011年10月10日号 22~23ページより

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