映画「フラガール」の舞台である観光施設「スパリゾートハワイアンズ」。運営会社の常磐興産は最終赤字93億9000万円という今期の見通しを発表。それでも、福島を代表する企業トップは「1人もクビにしない」と再起を誓う。

(写真:新関 雅士)
斎藤 一彦(さいとう・かずひこ)氏
1945年、福島県いわき市生まれ。68年、中央大学法学部卒業、常磐湯本温泉観光(現常磐興産)入社。94年ホテルハワイアンズ総支配人。2002年から現職。映画「フラ ガール」(2006年)のヒットもあり、スパリゾートハワイアンズを年間来場者150万人という福島屈指の観光施設に育てた。

 11月10日、常磐興産は今期の業績予想を発表した。2012年3月期は、売上高が前期比17%減の275億8000万円、純損益は93億9000万円の赤字になるという。主力の観光施設「スパリゾートハワイアンズ」は東京電力の福島第1原子力発電所からおよそ50kmのいわき市にある。専属の踊り子「フラガール」たちは原発事故後、1人も離脱せず、全国キャラバンを敢行して各地で大きな反響を呼んだ。

 ハワイアンズは10月1日にようやく部分的な営業再開にこぎ着けた。来年2月8日には新ホテル開業に合わせて全面再開する予定だ。しかし、原発が冷温停止しない以上、県外そして国外から観光客を呼び寄せることは難しい。石炭から石油へという国のエネルギー政策の転換から生まれた「東北のハワイ」は、再びエネルギー政策の転換に揺れている。

 部分的な営業再開にこぎ着けてから1カ月以上経ちました。今のところお客さんの数も反応も悪くはありません。うちの特色であるフラダンスも仮設の小さな舞台で上演しているので、通常よりも客席との距離が近くなっています。ダンサーとお客さんの一体感がありますね。

 ただ、ハワイアンズの中心的な客層である家族連れの比率は、普段の半分程度まで下がっています。県外の方にお会いすると、「頑張ってください。全面再開したら行きますよ」と言ってくれますが、中には「子供はまだ無理ですよね」なんておっしゃる方もいます。うちはずっとファミリー層向けに営業してきましたから、この言葉はグサッと刺さります。

 自力で除染作業に乗り出したり、敷地内の10カ所で毎日、放射線量を定点観測してその結果をホームページで公開したりして安全性を訴えています。でも、そもそもいわき市はそれほど放射線量が高い地域ではありません。ハワイアンズにはプールがありますけど、屋内施設なんです。屋内の線量なんて東京と同じようなもの。震災直後に社員がいわきナンバーのクルマを東京のホテルに止めさせてもらえなかった頃よりは、状況が随分改善されましたが。

 ただ、私たちの施設にだけお客さんが戻ってきても仕方ありません。やはり福島県全体のイメージが回復しないと厳しい。将来的には海外からの観光客も増やしたいと考えていましたが、韓国のように福島県への旅行警報が続いている国もあります。韓国からの観光客で潤っていた県内のゴルフ場などは、かなり苦しんでいるようです。

常磐興産は、磐城炭礦と入山採炭という2つの鉱山会社が合併して生まれている。斎藤一彦社長の父や祖父はこうした前身に当たる企業で働いていた。つまり、斎藤社長は“3代目”である。石炭需要が落ち込む中、炭鉱労働者600人を転籍させる受け皿として生まれたのが、「常磐ハワイアンセンター(現スパリゾートハワイアンズ)」である。
営業を開始した1966年1月、いわき市の成人式はこのハワイアンセンターで行われた。真冬にもかかわらず施設内は28度。汗だくになった20歳の若者たちの中に斎藤社長もいた。2年後、観光事業の新卒第1期生として常磐湯本温泉観光(現常磐興産)に入社。開業当初から千客万来だった施設で経理や企画畑を歩む。43年に及ぶ社歴は、ほぼそのままハワイアンセンターの成長と重なる。

誰もここを離れようとしない

 この会社には、私のように親や祖父の代から勤めている人も珍しくありません。財閥系ではないので、炭鉱事業と言っても全国で掘っていたわけではなく、100年以上同じ土地で炭鉱という危険な仕事に従事してきたんです。当然、絆が強い独特の社風が培われました。それは「一山一家」と言って、我々は従業員とその家族も含めて運命共同体なんだという思いが強いのです。

 ハワイアンズ開業の頃からみんなで一緒に頑張ってきました。フラダンスの指導者である早川和子さん(現・常磐音楽舞踊学院最高顧問)と料理長以外は、全員観光業に携わったことがない素人集団でした。朝から晩まで一丸になって必死に働いたものです。元鉱山労働者の父親はフロント係、母親は皿洗い、息子は調理師、娘はフラダンサーという家族ぐるみで勤務する従業員もいました。みんな代々、いわき市で生まれ育ったんです。

 だから、震災と原発事故が起きても「(ハワイアンズを)放棄してこの地を離れる」という選択肢が頭をよぎるようなことはありませんでした。残念ながら給与カットには踏み切りましたが、今のところ原発近くに実家があるなど、やむを得ない事情を抱える社員2人以外は誰も辞めていません。

 45年前のオープン当初と状況が似ています。あの時はエネルギーが石炭から石油に転換し、炭鉱が廃れていった。断崖絶壁に立たされた社員と会社を守るために作ったのがハワイアンズです。鉱山労働者の娘さんたちは腰みのを着けて踊り子になった。そして3月の震災後にはフラガールたちがダンスを通じて会社やいわき市は大丈夫なんだと、全国に発信してくれた。この「きずなキャラバン」というアイデアは、うちの企業風土だからこそ出てきたものなんです。

 炭鉱閉山と比べて今回の原発事故の方が会社にとっては大き
な危機だと思っています。閉山の時は、自らの経営努力で何とか切り抜けられました。「親会社(炭鉱部門)が苦しくなってきた。子会社(観光部門)の俺たちがその分頑張るぞ」という感じでした。

 でも放射能や風評被害は1社の努力でコントロールできるものではありません。大手シンクタンクによると、福島県の労働人口90万人のうち25%が失業するという。20万人が無職になる計算になります。うちもアルバイトや契約社員の方々には申し訳ないが、職場を去ってもらいました。今後は何とか社員の雇用を守っていきたい。

営業再開後の「スパリゾートハワイアンズ」で踊るフラガールたち。原発事故後も退職者はいない
写真:時事通信

来年2月8日には「モノリス・タワー」という新ホテルをハワイアンズの隣接地で開業する予定だ。11月14日に宿泊予約を開始。現在休業しているフラガールの舞台やプールといった施設も、この時に完全復旧する。震災前は今年11月に開業する見込みだったが、大きくずれ込んだ。常磐興産にとっては「第2の創業」と位置づけるほどの大型プロジェクトである。

国際会議を福島に

写真:新関 雅士

 うちはバブル期の不動産投資がたたって借入金が一時期は600億円まで増えてしまいました。そのため過去15年ほどは財務体質の改善に努めました。何とかそのメドがついて、次の半世紀を見据えてホテルの建設に乗り出したのです。モノリス・タワーは10年がかりのプロジェクトです。もともと弱かったインバウンドも2割まで引き上げたいという狙いもあります。そういう意味では、震災は当社にとって影響が大きい時期に起きました。

 原発の冷温停止が前提ですが、3年かけて震災前の水準まで来客数を戻したい。国や行政も、スピードは遅いのですが、これまで考えられなかったような柔軟な対応を見せてくれるようになりました。自治体が東北地方の旅行に対する補助金を出してくれたり、全国各地の人がボランティアのツアーを組んでくれたりと、日本中の方々も応援してくれます。こうした声に応えていかなければと思っています。

 観光庁長官には、国内の様々なイベントや国際会議をすべて福島県内で開催してもらえないかと頼みました。国がこうした取り組みに積極的になれば、国内外に対して安全宣言を出すような効果が出てきます。参加した人々が各地に戻った時に、「福島は問題なかったよ」と伝えてくれますから。風評被害も減っていくはずです。常磐興産の経営者としては、いわき市で開催してほしいのですが、福島県内ならばどこでも構いません。会津でもいいです。会津は原発から100kmも離れているのに、観光業は惨憺たる状況になっています。

 海外へのアピールのためにも「環太平洋民族舞踊祭」をやりたいと考えています。世界の民族舞踊を一堂に集める大型イベントです。本業の観光とは別に、関係会社で機械部品の輸出を手がけていますが、本社所在地が福島県というだけで安全証明書の提出を求められています。石炭の卸売りもまだやっていますが、船が小浜港に入ってこない。安全安心を国内外にきっちり伝えないと福島県は生きていけません。

 私が副理事長を務める福島県観光物産交流協会では、震災直前に大型キャンペーンを企画していました。福島県は浜通り、中通り、会津という3つの地域ごとに独立性が強い。珍しく、「まとまってやろう」という試みでした。今回の震災で頓挫しましたが、これを来年早々にも仕切り直したい。

 原発の風評被害はとてつもなく大きい。一企業、一地域ではどうにも対処のしようがありません。しかし、国や自治体に頼むだけではなく自分たちで生き残っていく道を模索していく努力は続けるつもりです。

(構成:上木 貴博)

日経ビジネス2011年12月5日号 56~58ページより目次