欧州の財政危機と米国の景気減速懸念が強まり、投資マネーが逆流し始めた。資源価格とともに新興国の通貨や株式が急落に転じ、為替・金融政策も混乱を見せる。1997年のアジア通貨危機当時と違い、先進国には手を差し伸べる余裕もない。

 世界の投資マネーが逆流し始めた。

 最高値圏での推移を謳歌していた金相場が急落に転じると、異変は証券・金融市場に連鎖。ブラジルレアルやオーストラリアドルなど、資源価格と連動して上昇していた新興国の通貨や株式も売られた。

 ブラジルレアルは8月末に1ドル=1.6レアル近辺の高値圏にあったが、9月に入り下げ足を強め、一時は1.95レアル近辺まで約2割も急落。豪ドルもこの1カ月間で約1割、下落した。

1997年のアジア危機を連想

 きっかけは、ギリシャの財政危機を抱える欧州の金融不安だ。米国でも景気減速懸念が拡大し、「グローバルリセッション(世界的な景気後退)」に対する警戒感が台頭。2008年9月のリーマンショックや、1997年のアジア通貨危機の再来をも連想する不安心理が世界の金融資本市場に渦巻いている。

 97年当時、タイなど多くのアジア通貨は米ドルとの固定相場制を採用していた。米国の「強いドル政策」の下、アジア通貨が連動して上昇すると、それまで景気を支えていた輸出力にほころびが見え始めた。この隙を突いて、ジョージ・ソロス氏率いるクォンタム・ファンドを中心にヘッジファンドがアジア通貨売りを仕掛けた。

 アジアの危機は翌98年にロシアの「ルーブル危機」へと波及。世界の投資家の損失は雪だるまのように膨らみ、当時の巨大ヘッジファンド、ロング・ターム・キャピタル・マネジメント(LTCM)は破綻に追い込まれた。

 今回の相場急落に当時の危機を重ね合わせたヘッジファンドなど世界の投資家は、投資リスクそのものをなくす「リスクオフ」の姿勢を強めている。

 その動きは急だ。ヘッジファンド大手の英マン・グループが発表した9月末の運用資産の残高見込み額は6月末に比べ8.5%少ない650億ドルに急減。翌日、同社の株価は25%も急落した。

 米ヘッジファンド・リサーチによると、世界のヘッジファンドの資産残高は6月末で2兆446億ドル。マン・グループが失った比率を単純に当てはめれば、7~9月期に約1700億ドル(76円換算で約13兆円)の投資資金が吹き飛んだ計算になるわけだ。

9月以降の下げが目立つ
主な新興国通貨の相場推移(左) 主な資源の価格推移(右)

ブラジル、韓国が通貨買い支え

 こうした投資マネーの逆流に慌てたのは投資家だけではない。新興国自身も戸惑いを隠せない。代表例のブラジルは当初、過度な投機資金流入による自国通貨高を警戒し、8月31日には利下げに踏み切ったばかりだった。

 しかし事態は急転。ギリシャの債務問題の深刻化などが重なり、投機資金は逆流を起こし、想定以上にレアルが売られる事態に陥った。今度は自国通貨防衛に転じたブラジル中央銀行が9月22日、レアル買い・米ドル売りの為替介入を断行せざるを得なかった。

 自国通貨安への警戒感を強めたのはブラジルだけではない。輸出産業を支える効果を期待してウォン安政策を続けていた韓国も、急激な資金流出を懸念してウォン買い・米ドル売りの介入に転じ、市場関係者の驚きを呼んだ。

 このほか、ポーランドやインドネシアなども、自国通貨の買い支えを余儀なくされた。当局のこうした慌てぶりも、「通貨危機」の連想を強めた。

 仮に、新興国通貨が本当に危機的な状況に陥るとなると、かつて以上に世界経済への影響は甚大だ。国際通貨基金(IMF)が9月末に発表した世界の外貨準備高の通貨構成がそれを物語る。

 6月末時点の世界全体の外貨準備高は10兆803億ドルと、初めて10兆ドル台に乗せた。リーマンショック後の通貨構成の変化を見ると、米ドルの低下が著しい。2008年6月末に62.8%だったが、この3年で60.2%まで2.6ポイント下がった。一方、ユーロの比率は26.7%と横ばいで、米ドルの比率低下を補ったのは主要通貨以外の「他通貨」だ。リーマンショック前の2.2%から直近の4.8%まで比率は切り上がった。

 「他通貨」の例について、クレディ・スイス証券の深谷幸司チーフ通貨ストラテジストは「資源を豊富に産出する、財政が比較的健全な国の通貨」と分析し、豪ドルなどを挙げる。徐々に信頼度を高めてきた新興国通貨の危機は、保有国の財務力を脅かしかねない。

資源価格と新興国通貨の急落が世界経済を震撼させる(写真はカナダの金鉱山/写真:ロイター/アフロ)

「もう先進国には頼れない」

 新興国自身もこれまで、外貨準備を増やすことで対外的に財務基盤を少しずつ強化してきた経緯がある。しかし、米ドルに対して自国通貨を買い支えるとなると、米ドルの外貨準備を放出することになる。欧州発の金融不安が広がりかねない中で、自国通貨安の阻止と、ドル資金の確保による財務基盤の安定化策という相容れない政策の難しい舵取りを迫られているわけだ。

 これら海外市場の混乱ぶりは、日本にとっても対岸の火事では済まされない。市場の萎縮ムードは、経済と政治に不安要因を抱え続けている日本のマーケットに先んじて表れていたとも言える。7月下旬まで1万円を上回る場面も見られた日経平均株価は8月から下値を探り、9月26日には約2年半ぶりの安値である 8300円台に下落した。

 中でも、新興国の経済成長を織り込んできた企業の株式や、資源価格に連動しやすい大手商社株の売りが象徴的だ。9月以降、年初来安値を更新する銘柄が相次いだ(下表参照)。

日本株にも売りの余波
主な新興国関連・資源関連銘柄の年初来安値

 大手商社は資源・エネルギー権益への投資を拡大した結果、2011年3月期決算は資源価格高騰で大幅増益となった。その半面、純利益に占める「資源・エネルギー部門」の比率は、大半の商社で6~7割に達しており、資源依存のリスクはかねて指摘されてきた。

 最近の資源価格の下落を受け、ある総合商社では、「長期先物によるヘッジ比率を通常の3割程度から5割に引き上げ、リスク回避を強化している」(首脳)という。中長期的には新興国経済の成長で資源需要は拡大が見込めるものの、世界経済の不透明感がさらに強まれば、当面は「資源頼み」が通用しなくなる公算も高い。

 1997年のアジア通貨危機時は、新興国の輸出先である先進諸国にまだ成長余力があった。

 だが、今や支援に回るべき欧米経済は急速に弱体化してしまった。日本に至っては「失われた20年」からまだ脱しきれていない。リーマンショック以降、需要回復を先導してきた新興国が倒れたら、「今度は先進国経済には依存できない」(フィリピン中央銀行のアマンド・テタンコ総裁)。危機はまた新たな姿で訪れようとしている。

(松村 伸二、北爪 匡)
日経ビジネス2011年10月10日号 10~11ページより目次

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