先日、熊本県で開催された「くまもと農業経営塾」のゼミで講師を務めさせていただいた。

 受講条件は、熊本県内在住で5年以上の農業経験があること。農業の担い手として、経営改革に意欲を持っていること。申し込んでも、選考の結果、受講できないこともあるという。

 受講生はおよそ30人。見たところ30代前後の方が多い。女性もいらっしゃった。みなさん一様に非常に意欲的で、問題意識のレベルが高く、その溢れるような熱意に、私も「こういう人たちが育っていけば、日本の地域社会や食料生産も未来がある」と意を強くした。

 カリキュラムも座学だけでなく、農業経営に実際に携わっている人を講師に迎え、その農業経営の「ケース(事例)」についてディスカッションを進める。ビジネススクールで言うところの「ケースメソッド」を取り入れているのが特徴だ。

 講師には、農業経営者のほかに、大学教授や、「買い手」である流通関係者も呼ばれる。ここも面白い。「どんな商品をどう買いたいのか」という「買い手」の視点は、農業経営者にとっては、誰に「どう売る」かというマーケティングの視点につながるのだ。

農業経営の事例を議論しながら検証する(写真はイメージ)/写真:アフロ

「教育」が疎かに

 農業はほかの製造業とは異なり、トライ・アンド・エラーのサイクルが長い。30年農業をやっていても、試行錯誤できる回数はわずか30回。だから先人や仲間たちの成功や失敗の体験を学ぶことが非常に大切だ。ただ書物で学ぶのではなく、どのようなプロセスで、どのような仮説を立てて実践したのかを、当の本人に聞くことができる機会は貴重なものだと思う。

 このような「農業版ビジネススクール」は、ここ数年、静岡や栃木や大分、高知、熊本など全国各地で立ち上がり始めている。いずれも1回きりの講演会のようなものではなく、志を同じくする農業経営者が1年から2年ほどじっくりと学ぶゼミ形式を取る。地域の特性に応じた実践的な農業教育が、地域主導で立ち上がっていくその様は、まるで江戸時代に各藩が競うように創設した「藩校」のようだ。

 私はこの動きをとてもうれしく思う。「教育」の大切さを思うからだ。

 アジアから来た外国人実習生に「お金をためたら何に使うか」と尋ねると、決まって「子供の教育」と答える。日本では教育は当たり前に受けられるが、世界的に見ればお金がかかり、一部の恵まれた人だけが受けられる貴重なものだ。教育の有無がその子の将来の大きな部分を決める。だから、外国人実習生にとって我が子に教育を受けさせたいというのは切実な願いだ。

 教育というものはすぐに結果が出るものではない。日本では、当たり前に受けられる、受けさせられるものになってしまった。それゆえに、行政も、日本人自身も、教育に対する姿勢が疎かになっているように思える。

 三洋電機を創業した故・井植歳男さんの持論に、「日本の製造業がこれほどまでに成長したのは、農業で培った優秀な人材がいたからだ」というものがあった。農業が強くなれば、日本社会もまた強靭さを取り戻すと私は思う。土とともにある農業は、長期的視点を持ち人間教育に利するところが大きいからだ。

 農業を強くするための「教育」。そのために全国各地に生まれた実践的な場である「藩校」は、そうした道の第一歩だと思う。20年前に「群馬農業未来塾」で学んだ者として、ぜひ応援していきたい。

澤浦 彰治(さわうら・しょうじ)氏
澤浦 彰治 氏 1964年群馬県昭和村生まれ。高校卒業後、家業の農家を継ぐ。92年に有機野菜生産グループを立ち上げるなど、早くから大規模栽培に取り組んできた(写真:都築 雅人)
日経ビジネス2011年10月10日号 98ページより目次