海外戦略の遅れを取り戻すべく、子会社の一体運営を急ぐ。その先に見据えるのは、20~30年後に少子高齢化を迎える中国。日本で磨いたR&Dを武器に、グローバル企業と渡り合う。(聞き手は 本誌編集長 山川 龍雄)

(写真:古立 康三)
尾崎 元規(おざき・もとき)氏
1949年長崎県生まれ、62歳。72年慶応義塾大学工学部管理工学科を卒業後、花王石鹸(現花王)に入社。ヘアケアや化粧品部門のゼネラルマネジャー、花王販売東京本店マーケティング統括部長、化粧品事業本部長などを歴任。2000年化粧品事業本部長、2002年ハウスホールド事業本部長、同年取締役。2004年6月に8人抜きで社長に就任。趣味はゴルフと街歩き。出張などで知らない土地に行って、高い所から街を眺めるのが好き。路地裏なども回る。

P&Gにはない技術的優位性を
花王は持っています
そこで勝たないと将来はない

グローバル化を進めるため、社名ロゴを「花王」から「kao」に変えました。同業他社と比べ海外展開で遅れていると言われますが、現在の進捗は。

現在の海外売上高比率は3割弱ですが、2020年にはこれを60%に引き上げる目標を掲げています。ただこれまでは、グローバルに展開するためのトータルの戦略と、それを実現する体制が備わっていませんでした。

 我が社の場合は、BtoCのビジネスはビューティケア、ヒューマンヘルスケア、ファブリック&ホームケアと3つの柱で成り立っています。専業メーカーと違ってカテゴリーも多いため、明確な戦略がなければ、国によって力を入れる部分がバラバラになってしまう。これまでは「ビューティはこの商品を強化する」といった戦略が全く徹底されていませんでした。

国内だけで500億円近くの利益です。確かにこれまではあえて海外に出ていかなくても、という時代だったとは思います。

逆に言うと、それが足を引っ張ってしまったわけです。例えば生理用品やベビー用おむつは、少子高齢化で日本の市場が小さくなることは明らかでした。ユニ・チャームは一点突破型の戦略が明快で、先を行かれてしまった。今ようやく、生理用品や紙おむつで海外に打って出ようとしているところです。

どの新興国の攻略に力を入れるか。選ぶ際のポイントは何でしょうか。

まずは人口が多いこと。それが最優先です。具体的には中国、インドネシア、ベトナム。アジアではこの3つで、ゆくゆくはインドもターゲットになります。

 もう1つは、市場規模が大きいカテゴリーで攻めることが非常に大事です。洗剤や生理用ナプキン、紙おむつといった製品です。これらは規模も大きいし、成長国では伸び盛りです。

 ただし、日本のものをそのまま持っていってはダメです。まずは現地のニーズを吸い上げることが必要です。さらに低コスト化も徹底していかなければなりません。

10カ国語以上で理念を成文化

 これまでアジアでは、基本的に国別で子会社を運営してきました。それを5年ぐらい前から日本も入れて、アジアでの一体運営というものを始めました。国別の子会社単位だった時には、ブランド育成をアジア全体でやるという意識が欠けていました。

子会社に任せきりだったということですか。

そうです。子会社最適さえやっていればいいという考えでした。しかしその積み重ねだけでは、グローバルに展開していくためのメガブランドは作れないんですよね。

 一体運営では、まずは日本とアジアの仕事を標準化することから始めました。会計伝票の処理の仕方、物の運び方、オーダーの出し方など、各国バラバラだったものをすべて標準化していきます。

 また、一番大事な企業理念を共有化しました。「花王ウェイ」という名前で、何を目指しているのか、どういう価値観が大事なのか全部定義して、日本語、英語、現地語と今では10カ国語以上で成文化しているんですよ。

 「Yoki-monozukuri(良きモノ作り)」「Genba-ism(現場イズム)」はそのまま英語にしました。これらは日本固有のものがすごく大事であるという意味を込めて、象徴的に使いました。

 アジアはこういったところからスタートし、これからやっと黒字化して利益を稼いでいくという状況です。

欧米のビューティケアブランドも、これから一体運営を開始すると発表しています。

アジアと欧米は事情が異なります。欧米はサロンビジネス、マスのビジネス、化粧品のビジネスと事業別に子会社運営をしていました。

 子会社が1カ国に3カ所もあるんですよ。カネボウ化粧品を入れると4カ所。それが全部違うオフィスでバラバラに仕事をしていた。R&D(研究開発)などの優先度なども、それぞれが個別に対応している状況でした。

 この3業態をこれから1つにする「1国1マネジメント」体制を来年の1月からスタートします。それぞれの仕事をどう標準化して、どう役割を決めて、どう花王ウェイを徹底させるか。そこに注力していきます。

日本の消費者は世界で一番厳しいと言われます。花王の商品でも海外では通用しないのですか。

成長国では生活習慣だけではなく、生活環境も違います。洗濯1つ取っても、水の質も違うし潤沢さも違うし、環境が全部違うわけですよ。

 それらをすべて理解して、まずは現地化する。そこから価値を上げていって差別化する。最初から日本のパッケージをそのまま当てはめても無理なんですよね。

 クルマやIT(情報技術)機器はもともとなかったものですから成長国にも入りやすいとは思います。その点、我々の商品は現地でもともと使用習慣があるものですし、既に競合もいる。他の業種とは海外展開の立ち位置が違いますよね。

 例えば洗剤の「アタックNeo」は、中国と日本で大きく異なります。泡切れの良さという節水の技術は同じですが、中国では高濃度でコンパクトにした商品はあまり好まれない。大きくても構わない、むしろ大きくて存在感があった方がいい、というのが中国の消費者の特徴です。

規模を追うためのM&Aはしない

(写真:古立 康三)

海外に行くとグローバル企業のP&Gが常にライバルとして立ちふさがっていると思います。このガリバーと比べ、花王の強みと課題は何ですか。

彼らはグローバルのノウハウをいろいろ持っていて、そこはまだ勝てない。ただ技術開発では花王に分があると思っています。

 例えば、今年から発売した「アタックNeo抗菌EXパワー」は、液体洗剤に漂白成分を入れたものです。P&Gも長年この研究をやっているはずですが、まだできていません。そういう技術的な優位性を花王は持っている。裏を返せば、そこで勝負しないと花王の将来はないというつもりでやっています。

 P&Gとは日本市場でも戦っていますが、今度はさらに彼らが強いところで戦っていくわけですから。それには技術開発で対抗していくしかありません。

日本は「課題先進国」と言われ、少子高齢化も真っ先に訪れます。ここに商機はあるでしょうか。

中国もあと20~30年すればあっという間にそういう時代が来るでしょうからね。私は日本の市場を「高付加価値」にしていくつもりです。高齢化、健康問題、環境問題が1つのテーマになって、その技術やノウハウを磨いていけば、それがいつか絶対に中国で必要になる時が来ます。そうなった時に、それをカスタマイズして持っていけるように日本でノウハウを蓄積していく。それが日本のこれからの成長戦略だと思うんですよ。

M&A(合併・買収)についてはどうお考えですか。

M&Aは規模を大きくするためではなく、補完的な意味で考えています。ブランドを買うとか、技術を買うとか、そういうことです。国内のカネボウ化粧品は例外としても、「ジョン・フリーダ」「モルトンブラウン」といった、技術を持った欧米系の企業が出る確率が高い。ですから、アジアでもブランドや技術を持ったいい案件があれば、対象になるということです。

カネボウ化粧品は完全子会社化して5年が経ちましたが、市場からは統合が必ずしも順調とは受け止められていないようですが。

買収した時の想定と違ったのはリーマンショックです。2000~5000円の中価格帯の売れ筋が続くと思っていたら、リーマン後は2000円以下のセルフ化粧品にシフトしてしまった。高価格は多少動いているので、2極化しているのが現状です。

 花王の「ソフィーナ」は2年ぐらい前からブランドを相当減らして、昨年も市場が前年割れの中で、前年比をクリアすることができました。今年も順調にきています。今カネボウがこれと同じことをやろうとしており、成果も上がってきているところです。

 カネボウは幸い、セルフ化粧品で「ケイト」「メディア」といったトップブランドを持っており、そこを強化する形になります。ソフィーナにはない強みで、これからはそこを活用して、買収を実のあるものにしていく考えです。リーマンだけが当初の計画を狂わせた誤算でした。

東日本大震災で消費者の価値観が変わったと言われます。震災以降の消費動向をどのように見ていますか。

コンシューマープロダクトの中でも、トイレタリーは特に震災直後の売れ行きが落ち込みました。ただ5~6月は想定よりも回復が早かった。今は震災前の前年並みで推移をしているという状況です。

 価格も一時的には物がなかったせいもあって、下落が止まったんですが、サプライチェーンがつながってくるとデフレが再開しました。低価格志向も変わっていない。

デフレは研究開発力も弱める

 ただ、消費者の方は多少変わってきているとは思います。震災を経験したことで、「安定して生活できるだけでも」という意味で、現状に対して比較的満足度が高い。そういう気持ちを持っている気がします。後は「絆」でしょうか。家族の絆を大事にする方向にきている。

 ただし経済的にはいいニュースがありません。円高だとかね。先行き不安は変わっていません。簡単なプロモーションとかでは踊らされない、より堅実消費になってきています。さらに、安いからといって無駄なものは買わないという傾向も強まってきています。

消費者の変化に伴って、花王製品の売り方で変わった部分はあるのでしょうか。

我々はもともと価格を安くしていませんが、今は必要とされるもの、機能のしっかりしているものを出していこうとしています。

 アタックNeoシリーズは、従来の液体洗剤よりもユニット単価は高い価格で販売されています。洗顔料も新しい技術を入れて卸値を上げました。「サクセス育毛トニック」も底上げした。機能がしっかりしていれば、卸値を上げても売れるんですよね。

 メーカーとして何とかデフレを止めていかないと、という考えです。結局一時的な売り上げだけを伸ばしても、メーカーだけではなく小売りも打撃を受けます。また、利益が上がらなくなれば、最終的には消費者に届ける商品の研究開発も弱まってしまう。流通業も、ある程度日本で利益を上げて海外に出ていく形にすれば、国際競争力を上げることにもつながると思います。

夏の節電、節水を乗り越え
日本人の環境意識は高まった
この自負が次の消費につながる

日本の消費者の環境意識は高まっていますか。

高いですね。夏の節電、節水を乗り越えた。特に節電を乗り越えましたからね。

では2年ほど前から環境というテーマを正面からとらえ、経営の根幹に据えています。すべての商品で環境に配慮した商品を作っていく方針です。そうして生まれた商品の1つがアタックNeoです。

 デフレとの戦い方に王道はありませんが、消費者は本当に必要なものなら値段が少々高くても買ってくれるし、使い続けてくれます。それを開発するのがメーカーの使命だと思っています。

営業担当者はともすれば値引きなどの手段に走りがちです。会社の方で何か工夫している部分はあるのでしょうか。

売り上げの規模だけを追いかけないことでしょうね。ちゃんと利益も意識した営業をやるということです。営業はとかく売り上げが最優先、ということになってしまうので。

 むしろ流通への提案の中でも、花王の商品だけではなく、他社製品も含めたそのカテゴリー全体を任せてもらう。そうすれば、売り場に応じた適正な売り上げと最大の利益を出せる。そういう商品ミックスとプロモーションミックスで提案をするわけです。単品勝負ではなくなってきていますし、流通もそれを望んでいます。

それに伴って、花王の営業体制も変わった部分はあるのでしょうか。

すごく変化してましてね。花王マーチャンダイジングサービス(KMS・現花王フィールドマーケティング)という店頭作り専門の会社を作ったんです。店頭でどういう山積みにするかというのを決めた後に、それを全部KMSのメンバーに発注するんですよ。そうするとその通りに積んでくれる。早く積むための検定試験まであるんですよ。

 昔は市場検討会があった。この店は良くてこの店は悪いとか。最近はそんなことないですよ。どこの店に行ってもだいたい同じように陳列ができていますね。

最後に来年の消費がどうなっていくのか、見立てを教えてください。

来年以降の大きなトレンドとしては、より高齢者向け、より健康志向。それが顕著に出てくるでしょう。

 日本人には今、節電を乗り切ったという強い自負があります。そして冬を迎える。新しい節電型のこたつが非常に売れているとテレビでやってますけどね。そういったものが今後も出てくるのでしょうね。

乗り切ったという自負が次の消費につながっているんでしょうか。

夏は乗り切りましたが、「またやる」と言うと消費者は大変だなと感じるでしょう。でもそれが簡単にできるのなら協力しよう、そういう商品なら買おう、という消費になっていくんでしょうね。

傍白
 日本を代表するマーケティング先進企業として知られる花王の中で、ブランドマネジャーなどを長く務め、主にマーケティング畑を歩んできた尾崎さん。社長就任後もインドなどの新興国を訪問する際には、現地の家庭訪問や店舗視察を欠かさないそうです。アジアの攻略ではライバルであるユニ・チャームや資生堂に比べて、出遅れた感のある花王。尾崎さんは「ユニ・チャームは一点突破型の戦略が明快で、先行されてしまった」と率直でした。ただ、笑顔で話す表情には静かな闘志もうかがえました。もともと技術開発力では定評のある会社です。国内ばりの泥臭く、緻密なマーケティングを、今度はアジアで本格的に展開する時です。
日経ビジネス2011年11月28日号 120~123ページより目次