日本のTPP交渉参加表明を機に本格化したアジア太平洋の自由貿易圏論議。国内の慎重意見に配慮しながら、日本はどう議論に向き合うのか。キーマンである枝野幸男・経済産業相に聞いた。

日本のTPP(環太平洋経済連携協定)交渉参加表明を機に、アジア太平洋地域での自由貿易論議が一気に活発化してきた。

産業界との関係再構築も枝野経産相の役どころの1つだ(写真:的野 弘路)

TPPについては、カナダ、メキシコが参加意向を示し、日中韓の首脳会談では、年内に将来のFTA(自由貿易協定)交渉の準備段階となる産官学の共同研究を取りまとめることが確認された。さらに、東アジア首脳会議では東南アジア諸国連合(ASEAN)に日中韓、インド、オーストラリア、ニュージーランドを加えた「ASEANプラス6」でFTAの構築を目指す方向で一致した。

 こうした動きは大変、歓迎すべきことだ。日本の「TPP交渉参加に向けた協議を始める」とのメッセージが各国にいい刺激を与えたのだろう。

 ただ、物事には紆余曲折があるのが常。TPP交渉も、ASEANプラス6の交渉も一気呵成に進んでいくかといえば、そうではないだろう。

改めて、日本がTPP交渉に参加する意義を聞きたい。

戦後、最も自由貿易の恩恵を受けてきた日本は、今後も自由貿易でやっていかなければいけない。要因は様々だが、日本の貿易黒字は間違いなく低下していて、このままでは貿易赤字に転落する。

 そうなると、日本は日々の生活に必要なエネルギーも、農業を行う際の機械や施設を稼働するのに欠かせないエネルギーも手に入らなくなるといった事態もあり得る。

 つまり、一定の貿易黒字を確保しないと日本経済や日本社会は持続不能になる。そうした危機の足音が近づく中、成長著しいアジア太平洋地域はマーケットとしても、日本企業にとって最適な国際分業の観点からも魅力的で、この地域が日本の近くにあるというのは、ラッキーなことだ。

 この地域の活力を一定のスピード感をもって取り込んでいかなければ、日本という社会が成り立たなくなる。

「失われた20年」から脱却する道筋を描けるか
経済産業省の当面の主な政策課題

TPPは1つのルート

TPPや日中韓のFTAなど並行して自由貿易論議が進む中、優先度をどのように判断するのか。

日本同様、各国の事情や国益保持の観点から、日本の意向だけで決められる話ではない。今、TPPが注目されているのは、現に交渉が始まっているからだ。例えば、ASEANプラス6よりTPPの優先度が高いと、政府として判断しているわけではない。

 TPPは、アジア太平洋経済協力会議(APEC)加盟の21カ国・地域によるFTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)という1つの山に登っていくための1つのルートにすぎない。最終的にFTAAPを目指すという方向性は各国とも一緒だから、ある国の交渉が進めば、それがほかの交渉を刺激して前に進むという相互刺激関係にある。FTAAPにどうつながっていくのかを意識しながら、交渉の戦略を判断していく。

TPP交渉開始に向け、交渉や国内広報の体制が問われる。

今後、実際に交渉参加に向けた協議が始まると、交渉参加国が日本に対し、具体的に何を求めているのか、などについてよりクリアな発信ができると思っている。

 というのも、現在は農業や医療分野など懸念が指摘された分野について「こういうことがあるかもしれないv といった予測レベルでしか説明できなかった。それが、交渉を通じて具体的に見えてくるわけだから、交渉の状況、わが国に対する要求、それに対し、どういう主張をしているのかなどが伝えやすくなる。

 その場合、政府としていかに統一的に情報を発信できるかがポイントになる。そのためには、内閣官房や国家戦略室に省庁横断のチームを作り、情報を整理して混乱を生じないような取り組みが必要だろう。

カギを握る農業対策に経済産業省としてどのように取り組むのか。

TPPなどに関係なく、国内農業は強くしていかなければいけない。具体的な政策を進めるうえで、経産省の役割は大きいと思っている。

 その1つが、コスト削減だ。農地の集約の話ばかりに目が行きがちだが、日本企業が持っている技術を活用することで、農業の現場では相当なコストダウンができる。その橋渡しをしようと思う。

 もう1つは、農産物の海外への輸出の後押しだ。果物など日本の農産物には、潜在的に国際競争力の高いものが相当ある。原子力発電所事故による風評も含めた問題をクリアできれば、もっと海外に売れるはずだ。日本貿易振興機構(JETRO)などが蓄積してきた海外に売り込んでいくノウハウを活用してバックアップしたい。

エネルギー基本計画の見直し論議のポイントは何か。

特に、これからのエネルギー需要の見通しをどう考えていくのか、そこに向けて、エネルギーの効率化や省エネをどれぐらいのペースとコストで進めていけるかがカギとなる。

 理論的に言えば、民生部門、業務部門は相当大幅な省エネが可能で、電力の需要は大幅に下げられるはずだ。そのために、時間と費用がどれだけかかるのか、という問題に収斂してくる。

 原発への国民の意識が変わり、人口減少も進む中、日本国内の電力発電量を今の水準で長期に維持する必要性は薄れている。政策誘導でエネルギー需要を削減することが重要になってきたと言える。

 新エネに関しては、本格導入には時間がかかり、不確実性も相対的に大きいのは確かだ。いつ頃の時期にどれだけのコストがかかるのかを見通すことができれば、原発依存から脱却できる道筋や時期が見えてくるだろう。

電力自由化への「私案」を準備

電力自由化論議をどのように進めるのか。

経産省内で、かなり詳細な検討と分析を進めている。自由化の必要性は間違いないが、制度設計を誤ると、大きなマイナス効果につながりかねない。

 効果的な自由化のメリットを享受できる手法などを今後数カ月程度で「私案」として整理し、一定の確信を持ったうえで方向性を示したい。

円高など厳しい環境下、どのように成長戦略を再構築するのか。

まずは、高度成長時代の成功体験から離れることだ。特に、規格製品の大量生産や低価格で勝負するというのは、これだけグローバル化が進み、新興国が成長している状況では幻想でしかない。

 取り組むべき柱の1つは、省エネルギー、新エネだ。この分野は、国内のほかの政策の観点からも、社会的にも一層重要になっている。この競争力をさらに高めていくことが重要だ。

 もう1つの柱が、国内でお金を回していく流れを作ることだ。現役世代の貯蓄が増えている背景には、将来不安に加え、需要に合った供給がなされていないことも見逃せない。

 ニーズが高いヘルスケア分野などに十分な供給がなされるように産業構造の転換を促し、国内にお金が回るようにしていく。そして、先端技術分野を中心に貿易黒字を維持していく。この両立こそ、日本が生きていく道だろう。

(聞き手は 安藤 毅)
日経ビジネス2011年11月28日号 12~13ページより目次

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