ドイツの重電大手シーメンスが、原発事業から完全撤退する。社会の期待に応えるため、ドイツ政府の脱原発宣言を機に方針を転換した。トップシェアの洋上風力とギネス記録のガスタービンで、脱原発の課題を解く。

シーメンスは、今後拡大が見込まれる洋上向け風力発電機で世界シェアトップだ(写真:Siemens press picture)

 11月10日、決算会見に臨んだドイツの重電大手、シーメンスのペーター・レッシャーCEO(最高経営責任者)の表情は険しかった。2011年9月通期の連結売上高は前年同期比7%増の735億ユーロ(約7兆8000億円)、純利益が同55%増の63億ユーロ(約6700億円)と、堅調だったにもかかわらずである。

エネルギー事業が稼ぎ頭
シーメンスの連結業績と部門別業績
注:エネルギー部門の営業利益には、アレバNPの株式譲渡に伴う純利益約10億ユーロを含む

 それは、2012年の業績にユーロ危機が暗い影を落としている、という目先の理由からだけではない。日本の福島第1原子力発電所の事故によって、稼ぎ頭であるエネルギー部門の成長戦略に、予期せぬ変更を迫られたからだ。

 「フクシマはドイツのエネルギー政策に根本的な変化をもたらし、それは、我々にとって特別な挑戦になる」とレッシャーCEOは言う。その決断とは、今年5月にアンゲラ・メルケル首相が宣言した「脱原発」のこと。ドイツは、2022年までに、すべての原発を停止することを決めた。

「フクシマ」を機に政府もシーメンスも脱原発を決意
シーメンスの原発事業とドイツの原発政策の歴史

 シーメンスは過去10年、原子炉製造などの原発ビジネスを直接手がけてはいない。それでも、レッシャーCEOが“特別な挑戦”と位置づけるのは、ここ数年の間に準備してきた原発市場へ再参入する道が、突然、閉ざされたことに加えて、脱原発に向けて社会を先導する役割を自ら選択したからだ。

幻に消えた原発再参入計画

 実は、現在、ドイツにある17基の原子炉(8基は停止中)はすべて、シーメンスが造ったものだ。石油ショックが襲った1970年代、原発開発を加速する政策を産業界から支えたのが、シーメンスだった。

 だが、86年のチェルノブイリ原発事故で状況は一変した。国内で反原発運動が高まり、原発事業は急速に停滞したのである。2001年、政府は長年の議論の末に、2022年までにすべての原発を停止することを決め、シーメンスも原発事業を分離してフランスの原発メーカー、フラマトム(現アレバNP)に吸収合併させている。

 しかし、転機が訪れた。電力需要の増大と地球温暖化対策で、原発の必要性が世界中で再認識されたのだ。それは、ドイツでも例外ではなかった。

 二酸化炭素の排出量削減のためには、国内発電量の45%を占める石炭火力を減らす必要がある。その一方で、風力発電や太陽光発電などの再生エネルギーの普及には、まだ時間がかかる。二酸化炭素を排出しない原発は、電力の安定供給と温暖化対策を両立する魅力的な技術に映った。そして政府は昨年、原発の稼働停止時期を2036年まで延期することを決めた。

 政府の動きを先取りするかのように、シーメンスも原発事業の再強化へと舵を切っていた。34%という少数出資のため主体的に事業を進められないアレバNPから手を引き、その代わりにロシアの国営原子力企業ロスアトムと合弁を設立することを決めたのである。レッシャーCEOは当時、ロスアトムとの提携に、「強力なパートナーと組むことで、原発事業の足がかりを拡大できる」と大きな期待を寄せた。

 福島原発事故が起きたのは、再参入計画が動き出した矢先だった。シーメンスの経営陣は、事故の深刻さと政府の脱原発宣言に驚愕し、再参入の是非をゼロから見直した。そして9月、原発事業に終止符を打つ結論を下す。

再参入断念の裏に勝算あり

 ロスアトムと合弁を作り、世界中で原発を受注していくという夢は、この時、終わった。だが、その決断の裏には勝算があった。脱原発を明確に掲げたのはドイツなど一部の国だけだが、世界中が原発への依存度を減らせる技術を求め始めている。その技術こそ、シーメンスが強みを持つ、発電用ガスタービンと風力発電機だった。

 シーメンスによれば、ドイツでは脱原発により、2030年までに発電量に占めるガス火力の割合が現在の13.3%から49.2%、風力は6.4%から22.4%、太陽光が1%から11.1%と、それぞれ急増する。世界でも、国際エネルギー機関(IEA)の基本予測、つまりフクシマ以前の計画通りに原発が増え続けた場合でさえ、2009年から2030年までにガスの比率は21.4%から22.1%、風力は1.4%から6.5%、太陽光は0.1%から2.1%へと拡大する。

“脱原発”でドイツの電力源は激変する
ドイツの資源別発電量
注:テラは1兆
出所:シーメンス

 シーメンスはこの変化を見越して、脱原発宣言のずっと前から、ガスと風力の発電機事業を強化してきた。そして今、脱原発宣言に呼応するかのように、その成果が開花している。

買収で洋上風力の世界トップに

 その分かりやすい事例が、風力発電機事業である。

 風が強い日には、電力需要の8割以上を風力発電で賄っているという、風力大国デンマーク。その田舎町ブランデに、同社子会社シーメンス・ウィンド・パワー(SWP)の主力工場がある。この地で18年間、風力発電機の開発に携わってきたエンジニアリング部長のペデル・リース・ニクルセン氏は、「シーメンスに買収されてから、成長が一気に加速している」と話す。

 シーメンスは2004年、風力事業に参入するためにSWPの前身であるボーナス・エナジーを買収した。それ以来、風力事業の売上高は2010年までに12倍の約32億ユーロへと拡大した。

買収後に急成長を遂げた
シーメンスの風力発電機部門の業績

 同じくデンマーク生まれの風力世界最大手ヴェスタス・ウィンド・システムズと比べると、2010年のシーメンスの世界シェアは第9位(BTMコンサルト調べ)と出遅れている。だが、ヴェスタスは金融危機の煽りで昨年、営業利益率が4.5%に落ち込んでおり、同11.3%だったシーメンスの風力事業の堅調さは際立って見える。ニクルセン氏はその理由を、「シーメンス本体との、販路と技術、資金面での協力体制が厳しい事業環境下での成長を可能にしている」と説明する。

 まず、2007年頃から世界で風力発電ブームが起こった際、その牽引役だった米国市場に根を張るシーメンスの販売網が役に立った。米国シェアでは、米ゼネラル・エレクトリック(GE)、ヴェスタスに次ぐ3位となっている。

 技術面では、大規模発電が可能な洋上風力に早くから注力してきた戦略が功を奏している。ボーナスは1991年にデンマークで世界初の洋上プロジェクトに風力発電機を納入した実績を持つ。この技術力が今、SWPの成長を牽引し、洋上風力ではシェア5割を押さえてトップに立つ。今年6月には、世界最大の風力市場である中国から、洋上風力で外資初の受注に成功した。

銀行を作り金融支援を強化

 シーメンスの技術が特に生かされたのが、風車の回転で負荷がかかり故障の原因になりやすい歯車装置(ギアボックス)の開発だ。2005年、ヴェスタスやGEにもギアボックスを提供している独ウィナジーを買収し、技術を強化した。その成果は、ギアボックスを使わずに、風車の動力を直接、発電機に伝える「ダイレクトドライブ技術」の商用化を早めることにつながった。

 ダイレクトドライブを採用し部品数を5割削減した発電能力3メガワット(MW、メガは100万)の製品を、昨春から発売している。故障が少なく軽量化が可能なダイレクトドライブは、設置や保守に危険が伴う洋上風力での需要が期待され、世界最大級となる6MW製品の稼働試験も始めている。

 資金面の支援も手厚い。銀行がリスクの高い事業への融資に慎重になる中、シーメンスは自らプロジェクトに資金を提供してきた。英国では、300万世帯の電力需要を賄える規模の洋上発電所計画に、投資家として加わっている。昨年、銀行免許を取得してシーメンス・バンクを設立して金融サービスを拡充したほか、資金の運用や調達で欧州中央銀行(ECB)を直接利用できるようにして、有事にも備えている。

ギネス登録のガスタービン

 洋上風力と並び、シーメンスが市場をリードする発電用ガスタービン。その最先端製品を生み出す工場は、ベルリンにある。10月下旬、100年以上の歴史があるその工場を訪れると、国内のほか米国、オランダ、イラクなどへの出荷を待つガスタービンが、最終点検を受けていた。ガスタービン・テストセンター長のオラフ・クーニッヒ氏は、「ここが、ガスタービン事業の心臓部」と誇らしげだ。この工場で、最新鋭の「Hクラス」が製造されている。

 Hクラスは、周波数50ヘルツ(Hz)のガスタービンとして、記録ずくめの性能を持つ。発電能力は世界最大の375MWで、ギネスブックに登録されている。排熱を利用して蒸気タービンも回すコンバインドサイクルにすれば、出力は578MWにもなる。ガスタービン2台、蒸気タービン1台で原発1つ分の発電能力だ。コンバインドサイクルの発電効率も世界最高の60.75%。その値は、2008年のガス火力発電所の発電効率で、世界平均の36.4%やドイツ平均の53.1%を大きく上回る。

 このHクラスの第1号機の商用運転が、今年7月から始まっている。その現場は、南ドイツのバイエルン州、イルシングにある独電力会社エーオンの発電所だ。

 チェルノブイリ原発事故の記憶が強く残るバイエルン州では、夏の晴れた日には太陽光発電で電力需要の5割を賄うほど、再生エネルギーが普及している。だが、日が陰れば即座に、代替電力の確保が必要となる。南ドイツには自動車産業などが集積しており、再生エネルギーの増加によって電力供給が不安定になる事態は何としてでも避けなければならない。この課題を解決する目的で、Hクラスが導入された。

 Hクラスの開発が始まったのは2000年。ドイツ政府が、2022年までに原発を停止することを議論していた頃で、当時、10年先の電力会社のニーズを見通すのは容易ではなかった。

再生エネルギーとの相性抜群

 だが、はっきりと予測できたこともあった。それは、「天候に左右される再生エネルギーが増えると、安定した電力供給をするには、出力を柔軟に調整できる大規模なバックアップ電源が必要となる」(エネルギー部門のマーケティング兼戦略担当副社長のブリジット・ウルバン氏)ということだ。その電源として、ガス火力が有望だった。

 エネルギー部門CEOのミヒャエル・ズイス氏は、ガス火力の優位性を、次のように強調する。

 「ガス火力はほかの発電技術より投資コストがずっと少ない。石炭火力の約半分で、原発の4~5分の1だ。さらに、発電所建設は、原発の場合は完成までに約10年かかるが、ガス火力なら計画に1年、建設に2年半から3年で済む。二酸化炭素の排出量は、一般的な石炭火力より3割も少ない」

100年以上の歴史を持つベルリンの工場から、世界各地の電力会社にガスタービンが出荷されている

 最新のHクラスなら、二酸化炭素の排出量を石炭火力より4割少なくできるという。そのうえ、急な天候の変化に応じて、柔軟に出力を調整できるという特徴も併せ持つ。Hクラスと同等の発電能力を持つ一般的な石炭火力タービンの場合、点火から最大出力に達するまで2時間以上かかる。一方、Hクラスなら30分以内と短い。

 Hクラスの開発に、シーメンスは約250人の技術者と5億ユーロ以上の資金を投入した。既に、周波数50Hzの製品に加え、60Hzの製品も準備している。来年には米国や韓国への出荷が始まり、サウジアラビアやブラジルなどとも交渉中だ。既に9つのガス火力発電所プロジェクトに合計13機のHクラスを納入する計画があり、これから世界展開を加速する。

高圧送電線の需要も拡大

 シーメンスは、ガス火力をバックアップ電源として利用することで、再生エネルギーの増加に伴う電力の不安定化を、かなりの割合で解消できると見る。しかし、電力の安定供給には、それだけでは不十分だ。ドイツエネルギー機構(DENA)のマネージング・ダイレクター、アンドレアス・ユング氏は、「再生エネルギーが増えると、送電システムも不安定になる。再生エネルギーを統合しつつ、安定性を確保して停電などが発生する事態を避けるためには、2020~25年までに、ドイツは総距離3700kmの高圧送電線を新たに敷設しなければならない」と話す。

 30年前、ドイツでは約1000カ所の発電設備が約8割の電力を供給していた。現在は、再生エネルギーの普及で発電設備は全国100万カ所以上に増えている。太陽光発電設備が普及している南ドイツが曇りの場合に、北ドイツの風力発電施設から電力を融通したり、その逆を実施したり、柔軟に運用できる送電システムが必要となる。送電網の設計も、大規模発電所から中央集権的に全国に電力を分配するものから、分散する発電設備に対応したものへと作り替えなければならない。

 実は、これもシーメンスにとってはチャンスとなる。同社は、送電設備分野で強さがあり、主力の高電圧直流(HVDC)の送電設備では世界シェア4割を握る。送電設備の事業規模は63億ユーロで、ガスや石油を使う発電機事業の102億ユーロに次ぐ中核事業だ。

 シーメンスは、風力とガスという発電機に送電設備も加えた3事業を柱に、福島原発事故後に変わる世界のエネルギー市場で商機をつかもうとしている。再生エネルギーで重要な役割を担うと期待される太陽光については、2009年にイスラエルの企業を買収したが、価格下落や補助金削減などで苦戦しており、今後は技術動向を注視しながら事業戦略を練っていく予定だ。

 こうしたシーメンスの戦略からは、不確実性が高まった原発市場に再参入するよりも、技術が安定し、確実に成長が見込まれる市場に専念した方が見返りは大きいという計算が透けて見える。原発ビジネスへの再参入を断念したとはいえ、蒸気タービンなど原子力技術とは無縁の設備を原発施設にサプライヤーとして供給することは続けるという、したたかな一面もある。

 「原発を使うかどうかは社会が決めること。私たちは信頼されるアドバイザーとして、社会に幅広い選択肢を示したい」とズイス氏は話す。脱原発を追い風に変える、シーメンスの挑戦が始まっている。

(ロンドン支局 大竹 剛)
日経ビジネス2011年11月28日号 44~48ページより目次