現場に行って何をすべきか。大事なのは、普段の様子を定点観測すること。平時を知っているからこそ、お客さんの変化にも気づく。それが、商売のきっかけとなる可能性も。商機は継続の中にある。

(写真:村田 和総)
岡藤 正広(おかふじ・まさひろ)氏
1949年12月大阪市生まれ。74年3月東京大学経済学部卒業、伊藤忠商事入社。2010年4月に社長就任。扱う商品は自ら買い求める。その結果、保有する靴は60足超、スーツは200着超に。

 前回、現場の重要性を繰り返しお話ししました。けれど「現場に行け」と言うと、たまに、若い部下の中に「用もないのに、お客さんの所に行って何をすればいいのか」と悩む人間が出てきます。

 当たり前ですけれど、何も考えずに、ただ現場に行けばいいというものではありません。用件がなくても、目的は必要です。では、どんな目的を持てばいいのか? 僕の場合は、お客さんの普段の様子を意識して記憶するようにしています。いわば、定点観測ですね。世間話なんかをしながら、そのお客さんの表情、商品の売れ方、売り場の雰囲気などを、細かく見てメモしておきます。

 大事なのは、頻繁に通うことです。お客さんの所に足を運び続けていると、「平時は大体こんなものか」という状態がつかめるようになります。すると、お客さんの変化に、すぐに気づくことができるんですよ。「今日は何か提案への反応が鈍いなあ」と感じたら、「どないしたんですか」と思わず体が反応する。お客さんの気になる商品が新たに分かったりして、商売につながることもあります。

 要するに、商売の勘を磨けということですわ。この勘ね、非科学的だし、あまり大きな声に出しては言えないけれど、僕は商売をするうえで、とても大事なものやと信じています。やっぱり、継続は力になる。

その市場は「明るい」か

 これは先輩の話なんですが、僕がまだ駆け出しの頃、伊藤忠商事と取引のあった卸業者が、倒産したんですね。つぶれてしまうのはまあ、どうしようもないんだけれど、損は少しでも回避しないといけない。それで、商品を一部でも取り戻そうと、相手の会社に乗り込んでいったんです。

 ところが、会社には社長がポツンとうなだれているだけ。商品はないと言う。やがてほかの取引先も駆けつけてきて、場が騒然となった。このままじゃ、伊藤忠も相応の損を覚悟せなあかん。半ば諦めかけていたんです。するとその先輩、あることに気づいた様子で、部下にこっそり「港に行け」と耳打ちしたわけ。

 要するにね、破綻した業者のまだ出荷していない商品が残っているのではないかと考えたけです。未出荷なら、積み荷は、恐らく港にあるはずだと。果たして商品は残っていて、その先輩は、他社が気づかないうちに、さっと手を回してしまったんですね。

 僕はこの話を聞いて、若いながらに感動しましたよ。やっぱり、お客さんの所に通い続けなあかんと。商品がどこから出荷されるかなんて発想は、ひらめかなかったでしょう。

 現場で商売のネタを拾える営業社員というのは、こうした状況を常に作っていると思うんです。だから、同じ現場を見ても、できる人間は変化に気づく。儲け話の切り口も鋭い。商売は、有事になってから動き出しても手遅れなんですな。

 けれど、これは経験してみないと分からない部分でもある。上で質問されている女性も、うちの部下と同じことで悩んでますね…。私からすれば、現場に通い続けてから考えればええと思うわけです。何もしないで悩んでいるのが、一番の時間の無駄ですよ。

 現場に通い続けることの重要性はお分かりいただけたと思います。では、日々の現場で、どうやって儲け話を見つければいいでしょうか。正解はありませんが、1つ僕が意識しているのは、常に「明るいところ」を探すということです。

 漠然としている? そうやね。明るいという言葉にはいくつか意味があります。まず、人がたくさん集まる、より大きな市場を狙えということです。釣り堀だってそうでしょう。魚が少ない小さな池でやるよりも、魚が群れをなす大きな池を選んだ方が、釣れる可能性が高い。

 僕が率いていた繊維カンパニーのブランド事業も同じで、この法則に従って、明るい方、明るい方へと事業を展開してきました。

 例えば、売り場です。この商売を始めた1970年代から80年代にかけては、ブランドは百貨店さんや専門店さんが売るということで相場が決まっていたわけです。ところが、90年代に入って、売り場の多様化が急激に進みました。代表例が、スーパーなどの量販店さんですね。彼らが、ものすごい勢いで伸びてきました。もともと食料品の販売で成長してきたんですが、もう一段の伸びを図るために、衣料品にも力を入れ始めていた頃です。その目玉として、ブランド品を揃えたいという要望が出てきました。

衣料を振り出しに、バッグ、雑貨、飲食などに領域を広げてきた。写真はディーンアンドデルーカの店舗

 僕らにとっては、量販店という新しい売り場、“明るい”市場が台頭しつつあったわけです。さあ、どうしますか?そこに市場があるわけだから、ポーンと飛び出していきたいところですね。

 ただ、やっぱり商売は一筋縄ではいきません。新しい魅力的な商売は、大概、矛盾をはらんでいることが多い。つまり、既存の商売とぶつかるわけですな。先にお話した通り、それまでは、ブランドは百貨店さん、専門店さんだけに提供していました。彼らはほかの売り場との違いを出すためにブランドを扱っているわけだから、当然、量販店に出すことにいい顔はしませんよね。ブランドは、数が出るほど、ありがたみが減ってしまいますから。

 けれど、量販店さんも、ブランドを扱えば売り場の魅力が増すことは分かっています。そのうちに、自分たちで並行輸入をして、ブランドを扱うようになっていきました。このまま行くと、ブランドが大量に出回って、僕らも儲からなくなる可能性が出てきた。

 それで、どうしたか。考えたのが、売り場に応じて、取り扱うブランドを変える戦術でした。下図にあるように、例えば、ブランドのセカンドラインを展開しました。百貨店が「レノマ」だったら、量販店には「UPレノマ」を置かせていただく。さらに、量販店では学生をはじめとした若年層が多いことが分かったので、スポーツのカジュアルブランドやキャラクター商品を扱うようにしていきました。こうして、明るい市場をどんどん開拓していったわけです。

「明るい」成長市場を目指す
伊藤忠商事のブランド展開
伊藤忠商事のブランド展開

 振り返ると、案外、自分たちが今手がけている商売を否定したところに、明るい新市場があるかもしれないですね。意識するのは難しいけれど、常に「今の商売だけでいいのか」という客観的な目線は必要です。

 あと、大事なのは、明るい市場を開拓するためには、何か武器が必要だということです。僕らは、従来とは違うブランドを持ち込むことで、市場を開拓したけれど、自分の得意技は何か、まず考えなければいけないでしょう。

一発狙いは失敗する

 それと、いくら市場が明るいからといって、自分の不得意な領域に飛び込んだらダメ。一発狙いは禁物です。商売には、必ず流れがあるんです。前回お話ししたように、ブランドだって、最初は生地の取引から始まって、ブランドの管理へ移っていったというようにね。その過程でお客さんを少しずつ開拓してきた。それを無視して、全く違う分野に投資すると、失敗します。そこにお客さんはいないからね。

 僕らのブランド事業は、こうした流れに沿って、衣料品から、生活消費全般に広げていきました。鞄や服飾雑貨品、宝飾品、さらには、飲食店まで展開しています。いずれも、一発狙いでやったわけではありませんよ。

 経営も同じ考え方です。伊藤忠全社で言えば、現在の明るい市場というのは、間違いなく中国ですよね。リスクは当然あるけれど、行かないという選択肢はない。これまでの商売の流れに沿って、既存のお客さんがいる所から、徐々に攻めていっているわけです。もちろん、国内の成熟した市場だって、明るい場所はまだあるはずです。それを見つけるセンスは、現場に通ってこそ磨かれるんですよね。

 人間、暗い場所、すなわち慣れ親しんだ場所に、長く居続けたらいけません。暗い場所は居心地がいいから、何となく安心できちゃう。「もうここでええか」なんてね。けれど、それでは成長はできません。

 ついでに言うと、考え事も、夜中じゃなくて朝がいい。夜に考えても、暗い結論しか出ないことが多いんだな。早く寝て、早く起きることですよ。僕はいつもそうしています。朝のトイレなんか、ふっといいひらめきが浮かぶんだよな(笑)。

(構成:蛯谷 敏)
日経ビジネス2011年10月10日号 72~75ページより目次