国内市場が縮小する中、日本の損保が生き残りを賭けた海外市場開拓に挑んでいる。確かに欧米市場は巨大で、アジア市場は高成長が続くが、その開拓には4つの壁がある。その壁を、独自の営業戦略や社員教育、買収会社の活用などで乗り越えようとしている。

マレーシアの自動車整備工場で修理内容をチェックするMSIGマレーシアのオン・ウェン・キーン氏(右から2人目)と、上司のジョスパル・シン氏(同右端)。(写真:谷貝 豊)
シンガポールの日系損保オフィスなど(写真:谷貝 豊)

 「ここは部品を取り換える必要があったのですか」

 オン・ウェン・キーンさんは毎日のように、マレーシア・クアラルンプール市内の自動車整備工場に足を運び、整備工たちに何度も問いかけている。

本来の修理費より5割増し請求も

 三井住友海上火災保険の現地法人、MSIGマレーシアでアジャスター(損害査定員)を務めるキーンさんの仕事は、整備工場を回って事故車の修理などが適正に行われているかをチェックすること。修理の際、必要以上の整備や部品交換などで過剰な保険請求が出ていないかに目を光らせる。

 日本の損害保険会社の海外展開が急激に拡大している。中心は欧米とアジアだ。特にアジアは、三井住友海上を傘下に抱えるMS&ADインシュアランスグループホールディングスと、東京海上日動火災保険などが属する東京海上ホールディングスが先行している。

 これを、損害保険ジャパン、日本興亜損害保険の持ち株会社、NKSJホールディングスが追う形で、大手3社が市場開拓に力を注ぎ始めている。

 狙いはもちろん、東南アジア諸国連合(ASEAN)を中心に高成長を続ける保険市場の取り込み。

 損保ジャパンの推計では、世界の損害保険市場に占めるアジア市場の比率は2009年の9%から2019年には14%に拡大する(上の図表参照)。しかも、「ASEAN主要国だけで、個人向けの伸びのみを勘案すると今後10~15年で市場規模は今の日本の約4割の3兆4200億円程度に達する可能性がある」(損保ジャパンアジアホールディングスの中村恵司社長)という。

 ただ、そこには海外市場特有の参入の壁がある。その1つが治安と規制で、特にアジア諸国では重大な問題だ。冒頭のキーンさんの苦労もそこにある。

 マレーシアは自動車保有台数が約890万台(2009年)と、まだ日本の8分の1ほど。しかし、2010年度の実質GDP(国内総生産)伸び率が約7.2%に達するなど高い経済成長を続け、自動車保有台数も過去5年間に24.7%増加している。

 だが、市場の急成長の一方で、日本からはうかがい知れない問題も拡大している。「人気の高い日本車を狙った盗難や、事故修理費を過大請求する業者が増えている。修理費は本来の額より50%程度高いことも珍しくない」(MSIGマレーシアのテクニカルアドバイザー、小原将氏)というのである。

 損害率(保険料収入に対する支払保険金比率)の上昇は、損害保険会社の事業の柱である自動車保険の収益を直撃しかねない。盗難件数で日本車が多い事情もあり、日本の損害保険大手にとって損害率の上昇はとりわけ大きな難題となる。キーンさんらが毎日のように自動車修理工場を巡回するのは、こうした過大請求を未然に防ぐためだ。

拡大するアジア市場
注:東南アジアの将来の創出市場規模は、今後10~15年で国民1人当たりの損保保険料がシンガポールは日本並みに、マレーシア、タイは地域トップのシンガポールの70%程度に、残る3国は、地域中位のタイ並みに伸びるとした場合
出所:世界損保市場の地域別比率現状と予測は、スイス再保険とIMFの資料を基に損保ジャパン作成、東南アジアの将来の創出損保市場規模は損保ジャパン作成。ともに将来は予測

30年不変の保険料率で利益出ず

 しかし、現実には十分なマンパワーがあるわけではない。例えば、MSIGマレーシアのアジャスターはわずか8人。もともと現地の損害調査会社を活用せざるを得ないのだが、外部の会社だけにアジャスターの査定能力を高めることが難しくなる。請求費用を適正化していく道のりは平坦ではない。

 MSIGマレーシアの小原氏は「(複数ある地元損害調査会社を)1台当たりの修理費やこちらからの依頼への対応力などで競わせる。一方で、それら損害調査会社や自動車修理工場との関係を強化するように辛抱強く努力する」と話す。日本以上に泥臭い活動を続けるほかないという。

 問題はまだある。アジアの場合、保険市場に依然として多くの規制が残っている国が多いのだ。マレーシアも自動車保険や個人向け火災保険は、保険料率がタリフと呼ばれる実質的な規制レートで、しかも三十数年間変わっていない。同国の自動車保険で利益が出にくいとされる理由の1つはそこにもある。

 タイ、インドネシア、フィリピン、ベトナムなど多くの国では、自動車、火災保険で事実上の規制レートがなお続いている。香港以外では商品自体の許認可制もある。さらに、地元保険会社への外資出資規制は、インドが上限26%、中国が同20~25%(生保の場合)と大きな市場ほど厳しい。海外市場、特にアジアで存在感を高めるには、依然として大きな制約が残っているのである。

(編集委員 田村 賢司)
日経ビジネス2011年10月10日号 64~66ページより目次