経済的不平等に不安を感じ、抗議する市民の運動が、世界中に広がっている。資本主義、市場主義が富の再配分を十分に達成できず、結果的に最終需要も伸びない。市場経済の安定には市場と公共財の供給の適切な均衡の回復こそが必要だ。

 2011年は、世界中で社会的、政治的な騒乱や不安定な状況が発生し、大量の人々が現実世界でも仮想空間でも街頭に繰り出した。アラブの春、ロンドンの暴動、イスラエルの中流階級による、住宅価格の高騰とインフレによる生活水準の逼迫への抗議、チリの学生の抗議デモ、ドイツで起きた富裕層が所有する高級車の打ち壊し、インドでの汚職への反対運動、中国で鬱積する、汚職や不平等に対する満たされない民衆の気持ち、そして今、ニューヨークのウォール街占拠から始まった反格差運動は全米に広まった。

 これらの抗議運動に統一のテーマはないが、経済、金融、政治のエリートに権力が集中していくのを目の当たりにして、自分たちの将来を不安に思う世界の労働者階級や中産階級の強い懸念が表れている。彼らの懸念の原因は明白だ。先進国や新興国の高い失業率や不完全雇用、一体化された世界で競争していくためには十分とは言えない若年層や労働者に対する技術や教育、ロビー活動のように合法化された形態も含めた汚職全般への怒り、そして、先進国や急成長を続ける新興国における、所得や富の不平等の急速な拡大だ。

“Occupy Wall Street”(ウォール街を占拠せよ)。ニューヨークのデモは、所得や富の不平等に不満をため込んでいた世界中の人々が声を上げるきっかけになった

 もちろん多くの人々が感じている憂鬱は、1つの要因だけにくくることはできない。例えば、不平等にも様々な原因がある。世界の労働市場に中国とインドから流れ込んだ23億人もの新規労働力、その結果として先進国でも技能が不十分なブルーカラーや、海外へ移転できる仕事をしていたホワイトカラーの失職あるいは賃金の低下、技能に偏重した技術革新、勝者がすべてを得られることの影響、かつて低所得国だったが今や急速に成長している新興国で見られる、所得と富の格差の急速な出現、そして累進性の低い税制だ。

 民間、公的両部門の負債の増大、それに関連した資産や信用のバブルは、部分的にはそうした不平等の帰結とも言える。過去数十年、人々の所得は裕福な層を除けば誰もが平凡な伸びしか経験してこなかった。その結果、所得と消費意欲のギャップが広がった。アングロサクソンの国々での反応は、金融の自由化を通じて信用を「民主化」しようというものだった。それにより、家計が格差を埋めようと借金を重ねたため、民間部門の負債が膨らんでしまった。欧州では、教育や健康保険の無料化という公的サービスでギャップの解消が図られたが、税金では賄い切れず、政府の赤字と債務を拡大することになった。そして、いずれのケースでも、債務は最終的に維持できない規模に達した。

市場主義では需要は不足する

 先進国の企業は最終需要の低迷で生産能力が過剰となり今後の需要も不透明なことから人員削減を進めている。しかし人員削減は最終需要をさらに冷やす。なぜなら労働所得が減り、不平等が増大するからだ。ある企業の労働コストはほかの誰かの労働所得と需要であり、一企業にとって個別には合理的なことも、総体としては有害なのだ。

 結果として、自由市場は十分な最終需要を生まない。例えば米国では、労働コストの削減は国内総生産に占める労働所得のシェアを急速に縮小させた。信用が弱体化している中で、労働から資本、賃金から利益、貧困層から富裕層、さらに家計から企業へと、何十年にも及ぶ所得や富の再配分が需要全体に及ぼす影響は深刻なものになってきた。企業、資本家、富裕層の限界支出性向が下がってきたからだ。

 この問題は目新しいものではない。カール・マルクスは社会主義を褒めそやしすぎたが、グローバリゼーション、解放された金融資本主義、そして労働者から資本家への所得と富の再配分が資本主義を自己破壊へと導くと主張した点は正しかった。彼が述べたように、規制されない資本主義は、信用のバブルと資産価格の騰落に煽られ、常に過剰生産と消費不振を起こし、破滅的な金融危機を繰り返しかねないのだ。

 大恐慌以前でさえ、欧州の啓蒙的なブルジョア階級は、革命を避けるには労働者の権利の保護、賃金と労働条件の改善、富を再配分し教育、保健、社会的セーフティーネット(安全網)などの公共財に資金を回す福祉国家の創造が必要だと認識していた。近代的な福祉国家への前進は、政府がマクロ経済の安定に責任を持つようになった大恐慌後に弾みがついた。所得と富に対する累進課税を通じた公共財の提供を広げることで中産階級を維持し、全国民に経済的な機会を与える役割だ。

 このように社会福祉国家とは、経済金融危機が頻発し深刻化する中で大衆革命や社会主義、共産主義の脅威に対し、市場志向の自由民主主義者が取った対応だった。大恐慌後は1940年代末から70年代半ばまで30年ほど社会、経済の安定が続き、不平等は大幅に縮小し所得の中央値は急速に増加した。

規制緩和も結局は失敗

 金融システムは慎重に規制する必要があるとの教訓は、欧州の社会福祉モデルの欠陥などにより大規模な規制緩和を求める世論が高まったレーガン米大統領・サッチャー英首相の時代に失われた。その欠陥とは、増大する財政赤字、過剰な規制、そして経済的なダイナミズムの欠如として表れていたもので、経済成長は停滞し、今日のユーロ圏の政府債務危機に至っている。

 しかし、アングロサクソンの自由放任モデルとて、今や悲惨なまでに失敗している。市場志向型の経済を安定させるには、市場と公共財の供給の適切な均衡を取り戻すことが必要だ。それは規制されない市場というアングロサクソンモデルからも、財政赤字に依存した大陸欧州の福祉国家モデルからも離脱することを意味する。アジアの成長モデル(そういうものが実際あるならば)でさえ、中国やインドなどでの不平等の拡大を止められなかった。

 不平等の問題にきちんと対処できない経済モデルは、その正当性がいつかは危機に瀕する。市場と政府の相対的な経済上の役割分担の不均衡が解消しなければ、今年起きている抗議運動はさらに激しさを増し、政治、社会の不安定さが最終的には長期的経済成長と繁栄を阻害することになる。

ノリエリ・ルービニ氏
ノリエリ・ルービニ氏ニューヨーク大学スターンビジネススクール教授。経済分析を専門とするRGEモニターの会長も務める。米住宅バブルの崩壊や金融危機の到来を数年前から予測したことで知られる。

 

国内独占掲載 : Nouriel Roubini (c) Project Syndicate
日経ビジネス2011年10月31日号 146~147ページより目次

この記事はシリーズ「世界鳥瞰(2011年10月31日号)」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。