肝細胞ガンが見つかったYさん(64歳)。ガン細胞の位置から、手術での治療は難しいと診断され、副作用の少ない陽子線を使った放射線治療を選んだ。

 陽子線とは、水素原子から電子を取り除いた原子核を、巨大な加速器を使って高エネルギーに加速した放射線である。従来の放射線よりも、集中的にガン細胞を破壊できるので、今まで治療が難しかったタイプのガンでも、治療可能となるケースが増えた。副作用が少なく、手術よりも体への負担が少ないのが特長だ。

 国内で最も多く陽子線治療が行われている疾患は、前立腺ガンであり、全体の3分の1程度を占めている。ほかにも、肝臓ガン、肺ガンなどをはじめ、治療対象となる疾患は多岐にわたる。

 陽子線は、従来の放射線治療に使われているX線やガンマ線とは異なる性質を持つ。そもそも放射線治療とは、ガン細胞に放射線を当て、細胞の DNAを破壊する治療法である。X線やガンマ線を病巣に向けて照射した場合、病巣とともに正常な細胞も通り抜けていくため、副作用として体に負担をかけることにつながる。

 しかし陽子線は、最初は低い線量のまま進み、特定の深度でピタリと止まり、その瞬間に大きな威力を発揮する。正常な細胞に与えるダメージが少なくて済み、さらに病巣の奧にある重要な臓器へ余分な放射線が当たらないので、十分な線量を病巣に照射できる。まさに、ガン病巣をくり抜くように、陽子線を照射できるのである。

通院しながらの治療も可能に

 ガンの形に合わせて陽子線を照射するには、照射の面積と深さを調整するための器具を作成する必要がある。また、照射中に体が動かないようにする固定具も、患者さんの体に合わせて作る。これらの器具を作るのには、だいたい1週間ぐらいを要する。

 照射は、基本的には1日に1回、照射時間そのものは5分以内と短いものだが、照射の位置決めなどで、15~30分ぐらいはかかる。痛みや熱さを感じることはなく、病状が悪くなければ、通院での治療も可能だ。

 治療期間は、患者さんの病状によって変わるが、週に3~5回の照射で2~8週間が1つの目安となる。治療の費用は、施設により若干異なり、最大で288万3000円。保険適用外のため全額自費だが、診察、検査、投薬、入院などの費用は、一般の保険診療と同様に扱われる。陽子線治療は「先進医療」と認められているので、民間の医療保険のタイプによっては、費用がカバーされる場合もある。

 陽子線治療こそが最適と考えられている疾患や病状があるが、治療を行える施設は現在、国内で7カ所と少なく、保険適用外なので患者さんの負担も大きい。2012年度の保険収載に関する改定に向け、この治療が保険適用となるように、学会などでも取り組んでいる。適用対象となる疾患が少しでも増え、多くの患者さんがこの治療を受けられるようになることを願っている。

(談話まとめ:仲尾 匡代=医療ジャーナリスト)
日経ビジネス2011年11月14日号 62ページより目次