日本を訪れたついでに家電製品やカメラを買う外国人は多くいる。しかし、日本の銀行に口座を開きたいと考える人はまずいないだろう。そもそも、短期滞在の外国人の口座開設は不可能である。

 ただその逆、海外旅行のついでに口座を開設する日本人はいる。香港はその受け皿で、メッカは英HSBCだ。香港のHSBCの店舗では、パスポートと申請書類を用意すれば、日本人旅行客でも口座を開ける。日本に戻っても、インターネット経由で投資商品や外貨の購入が可能だ。

香港のHSBCの店舗には口座開設を目的とする日本人旅行客が多く訪れる(写真:Bloomberg/Getty Images)

 最近、日本では一部の富裕層が資産を海外に移す“資産流出ブーム”が指摘されているようだ。資産の多様化によるリスク分散は当然のことで、以前から同じような動きはあった。足元での変化は、海外投資に関心を持つ層が拡大しているということだろう。

 香港が拠点の謙信アセットコンサルティングの木津英隆社長は「毎月数万円、コツコツと海外資産で積み立てたいと考える30代、40代のサラリーマンからの依頼が増えている」と話す。

 もともと同社の主な顧客は香港や中国に住む日本人。そのため日本では顧客募集をしていなかったが、震災後はフェイスブックなどネット上の口コミを通じて相談を受ける機会が増えた。

 背景には、支給年齢引き上げが検討されている年金制度など、将来への不安がある。「国には期待できない。自ら老後資金を作っておかなければ」という漠然とした不安感。それが、震災とその後の円高に背中を押される形で実行に移す層が増えているのだ。

邦銀は手数料割高で横並び

 わざわざ海外で口座を作り、そこをベースに資金運用する。動機の背景にあるのは、日本の低金利や円高、財政不安といったマクロの環境だけではない。海外の金融機関が持つ世界中の金融商品の品揃えや手数料の低さ、キャッシュカード1枚で世界中のATMで現金を引き出せるといった利便性も要因だ。海外で資産運用するための最適な場所が、日本国内では見当たらないということの裏返しでもある。

 行員だけでなくATMまで挨拶してくれる日本の銀行は、日本円だけの世界であれば快適な場所だ。だが海外との見えないカベを感じることは多い。

 例えば大手都銀の為替手数料は米ドルの場合は1ドル=1円。1ドル76円とすると1.3%となる。HSBCは基本的に0.25%だ。一部のネット系銀行を除けば手数料は基本的に横並びで、取り扱う外貨の種類も多いとは言えない。海外のATMで現金を引き出せる国際キャッシュカードは、新生銀行など一部を除けば既に新規申し込みを中止している。

 日本の場合、規制にがんじがらめにされている側面もある。ただその姿は、閉じこもったまま世界の潮流に乗り遅れた、日本の携帯電話端末とも重なる。「ガラパゴスケータイ」ならぬ「ガラパゴス銀行」だ。

 日本銀行の統計では、2011年6月末時点の個人金融資産残高は約1491兆円。海外流出は全体から見ればまだ一部だ。iPhoneが一気に普及したような劇的な変化はないかもしれないが、この流れは当分続くだろう。

(熊野 信一郎 香港支局)

日経ビジネス2011年11月7日号 112ページより目次

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