(写真:スタジオキャスパー)

『逆境を生きる』
城山 三郎(しろやま・さぶろう)
新潮社
1260円
ISBN978-4-10-310819-1

 「価値観が多様化し、技術は日進月歩で進歩し、情報はあふれ、イデオロギーはすたれて、一体、先がどうなっていくか全く分からない、視界ゼロ時代にどんな能力を持てばいいか」。著者はこのように問うている。

 本書は、数多の経済小説、歴史小説を著した城山三郎の講演録であり、著者が小説の題材とした人物や、生前親交が深かった人々のエピソードが登場する。その「生き方」と、根幹にある人間としての「魅力」を、著者一流の卓越した人間観察力に基づきひもとき、彼らがどのようにして「視界ゼロ時代」を生き抜いたかを探る。

 各章では、元首相の中曽根康弘からソニーの盛田昭夫、戦国武将の伊達政宗など、様々な人物のエピソードが紹介されている。中でも著者自身の著作に登場する渋沢栄一、広田弘毅、田中正造、浜口雄幸の人生評についてはさすがにじっくりと深掘りされている。

 登場する人物に共通する生き様が、埼玉の農民から、ついには日本資本主義の父と言われるまでになった渋沢栄一のエピソードで端的に表現されている。「逆境に置かれても逆境を意識する暇も無く逆境の場で吸収していく。いかなる逆境においても失われぬ初心、変わらぬ性格が、彼を日本最大の経済人にしていった」。

 著者は、「初心が魅力をつくる」と述べ「初心を持ち続けるとは、自分に安住せず、自分というものを無にして人から受信し、吸収しようとする生き方」とする。まさにその通りだと思う。初心を忘れないということは、いつでも人の話に耳を傾け、学ぶ気持ちを忘れないということである。それは、自分が持つ信念を正しい方向に導き、さらに強くすることにつながっていく。

 性格について、著者は面白い表現をしている。「事件が性格を作るんじゃない。性格が事件に遭遇させてしまう」。つまり、その事件(逆境)に遭うのは、実は自分自身の中に原因があるということだ。その境遇に陥ったことで他人や時代を恨んでいても何ら打開策は見つからない。自分が歩んできた道を振り返るとともに、信念を貫く強さと勇気を持たなければならない。

 その強さということでは、「人間の魅力というのは、畢竟(ひっきょう)、その人の『強さ』のことかもしれない」と言い、足尾鉱毒事件で戦い続けた田中正造の生き様を紹介している。

 文官で唯一A級戦犯になった広田弘毅も、金解禁や軍縮を断行した浜口雄幸も、自分が信じる道を突き進むがために、官僚組織の中では煙たがられる存在でありながら、信念を貫き、大局を見つつ提言し続ける強さを持ち合わせていた。彼らの歴史的な評価は評論家に任せるが、興味を持ったらそれぞれの作品に目を通してみるのもいいだろう。

信念だけが信用できる羅針盤

 今の日本はまさに「視界ゼロ時代」だろう。

 当社も、私が社長に就任した当時は「視界ゼロ」であった。コンビニエンスストア業界全体で売り上げは頭打ち。右肩上がりは終焉を迎えていた。当社も大胆な改革を断行したが、私が最も重視したのは「ファミリーマートらしさ」とは何なのかを改めて問い直すことだった。そのため企業としての「信念」である企業理念も今の時代に合わせて変更し、すべての行動をこれに基づいて実行した。今何をすべきかを全員で考え、語り合い、行動に移したことで、他社に先んじて苦境を脱することができたと思っている。

 本書は、「視界ゼロ時代」に信用できる羅針盤は自らの「信念」にほかならないことを明らかにしてくれる。これだけの興味深い人々の人生が興味深く読めるのも、著者自身の「人間への尽きせぬ興味」があったからこそであることもつけ加えておきたい。

=敬称略
日経ビジネス2011年11月7日号 74ページより目次