慢性的な人手不足が続く中国で、あえて定職に就かない若者が増えている。単純作業でキャリアアップもない職場より、自由な日雇いアルバイトを選ぶ。そんな「一人っ子世代」の気質は、企業の労務戦略にも大きな影響を与える。

「新世紀」 記者 藍方

 孫永飛(スンヨンフェイ)はやっと退院の日を迎えることができた。河北省出身で20歳になる彼の顔には、大きな傷痕が残っている。「地獄から這い出てきた証しさ」。父親にそう言われ、彼は折れた前歯を見せながら恥ずかしそうに笑った。

 今年8月12日、孫永飛は北京南郊の馬駒橋(マージュチアオ)で交通事故に巻き込まれた。彼が乗っていた定員7人のワゴン車には16人の日雇いアルバイトが詰め込まれ、作業場に向かう途中で大型路線バスに衝突されたのだ。ワゴン車の乗員は4人が死亡、2人が重傷、5人が軽傷を負った。孫永飛は割れたガラスで顔に大けがを負い、頭を強く打って昏睡状態が丸3日間続いた。

違う作業場を毎日転々

 ワゴン車に乗っていた日雇いアルバイトは、いずれも彼と同年代の若者たちだった。年齢は19~20歳。中卒または高校中退で農村部の故郷から北京に出てきた。彼らは毎日、人材派遣業者のワゴン車に揺られ様々な作業場に行き、1日当たり60~70元(約720~840円)を稼いで暮らしている。

 彼らのような若い日雇いアルバイトが馬駒橋界隈に一体何人いるのか、確かな統計はない。大規模な工業団地に隣接するこの町には、市外からやってきた無数の出稼ぎ労働者が集まっている。その大部分が1980年代半ば以降に生まれた「一人っ子世代」だ。近年の人手不足のおかげで定職は容易に見つかるのに、若者たちはあえて不安定な日雇いアルバイトを選ぶのだ。

日雇いアルバイトの募集看板が立ち並ぶ北京の青空人材市場(写真:Imaginechina)

 これは北京に限った現象ではない。「世界の工場」と呼ばれる広東省の珠江デルタ地区でも、若い日雇いアルバイトが増えている。彼らは現場監督に率いられ、毎日違う作業場を転々とする。企業にとっては生産現場を補完する“予備軍”のような存在である。

 孫永飛が交通事故に巻き込まれたのは、馬駒橋に来てから1週間ほど過ぎた時だった。ここは北京市内の都市部と農村部の境目に当たる。埃っぽい道路の脇には灰色のレンガ造りの長屋が立ち並んでおり、衛生的とは言えない屋台が歩道をふさぎ、至る所にゴミと汚水が溢れている。

 学校やアルバイト先で知り合った仲間の多くが、ここに流れ着いた。孫永飛は中学を卒業後、最初は親戚を手伝って運送業の仕事に就き、続いて河北省の複数の都市で建設労働者として働いた。その後、今年の春節(中国の旧正月)明けに単身上京し、建設現場のタワークレーンの運転士になった。

 タワークレーンの運転士は「花形」で、待遇も悪くなかった。ところが数カ月前、彼が操作していたクレーンのワイヤが突然ちぎれ、重さ数トンもある鉄筋が地面に落下する事故が起きた。幸い死傷者はなかったが、彼はすっかり怖じ気づき、別の仕事を探すことにした。そして紆余曲折の末、馬駒橋にたどり着いたのである。

単純作業や上司の命令を敬遠

 北京ではほとんどの工場が人手不足で、馬駒橋の周辺には人材派遣業者が軒を重ねる。孫永飛より先にやってきた仲間によれば、仕事は簡単に見つかるという話だった。工場によっては面接も健康診断も不要で、派遣業者への仲介手数料も工場が払う。賃金は数年前より大幅に上がった。普通の労働者でも月2500元(約3万円)を超え、溶接工などの技術職なら月3000~5000元(約3万6000~6万円)は稼げる。

 仲間たちと同様、孫永飛は1つの職場で長期間働く気はない。「あんたも1日働いてみれば分かるさ」。彼はそう言って、数々の不満を並べ立てた。

 工場と長期契約を結べば仕事は安定するが、基本給が安いため、満足な金額を稼ぐには残業が欠かせない。毎日、機械的で無味乾燥な作業を続け、管理職から頭ごなしに命令されるばかり。キャリアアップの可能性はゼロだ。

 そんな閉塞感のある職場より、孫永飛は自由な日雇いアルバイトの道を選んだ。お金が底を突いたら仕事に出かけ、たまったらやめる。働きたい時に働き、遊びたい時に遊ぶ。それでも、毎月の手取り金額は長期契約の労働者と大差ないという。

 馬駒橋の人材派遣業者が紹介する仕事は、北京市内のあらゆる場所と業種を網羅している。印刷工場や電子部品工場に急ぎの受注が入ると、1つの工場で一度に100人以上募集することも珍しくない。アパレル工場は既製服の検品や包装をする作業員を集め、タオル工場に行けば1日中タオルを畳むという具合だ。

 仲間の話によれば「強制立ち退き」の仕事もある。この仲間が派遣業者に連れられて行った再開発地区では、解体する住宅にまだ人が住んでいた。アルバイトたちは手にこん棒を持って住人を追い出し、取り壊しにかかったという。こうした“特殊”な仕事の賃金は比較的高いが、日給100元(約1200円)を超えることはめったにない。

 日雇いアルバイトたちは身分証明書を派遣業者に預け、業者か工場が手配したワゴン車で作業場に向かう。仕事が終わったらまたワゴン車で馬駒橋まで送られ、賃金支払いと同時に身分証明書を返却される仕組みだ。

 企業にとって、日雇いアルバイトは社会保険料を負担する必要がないため、人件費を抑制できる。生産の繁閑に合わせて人数を柔軟に調整できるメリットもある。とはいえ慢性的な人手不足が続く中、多くの工場が長期安定して働いてくれる人材を求めている。

 「どんな単純作業でも慣れるまで時間がかかる。毎日違うアルバイトが来たのでは、こちらも毎日最初から教えなければならない。そのコストはばかにならない」。ある印刷工場の人事担当者はそう嘆く。

 同じ短期のアルバイトでも、1カ月働けば日雇いより高い賃金を払う工場もある。ある電子部品工場では、日雇いの日給70元に対し、1カ月なら同100元を支給する。

 ところが、長期の仕事を望む若者はほとんどいない。「ほぼ全員が日雇いを選ぶね」と、ある人材派遣業者は話す。長期契約の方が賃金が高く、福利厚生も充実していることは皆知っている。「それでもやりたがらないんだ。今の若者は何を考えているのか、さっぱり分からないよ」。

社会保障のグレーゾーン

 実は孫永飛も、自分が何を考えているのか分からない。これまでのアルバイト先で、正式な雇用契約を結んだことは一度もない。毎月の給料から社会保険料が差し引かれるのは余計なことだと思っていた。労賃を毎日もらえればそれでよかったのだ。

 法律上は、短期の派遣労働者であっても派遣業者が労働者と雇用契約を結び、社会保険に加入することになっている。だが現実には、日雇いアルバイトには何ら保障がない。彼らはグレーゾーンに置かれている。

 実際に交通事故に遭うまで、孫永飛はそのリスクを意識したことすらなかった。この事故では主な責任が路線バス側にあると認定され、けがの治療費や賠償金はバス会社が支払った。これは彼にとって不幸中の幸いだった。「もしワゴン車側の責任だったら、一体どうなったか分からないよ」。

 馬駒橋にやってくる若者は今も増え続けている。日雇いアルバイトを一生続けるわけにいかないことは彼らもよく分かっている。だが、自分の人生をどう設計すべきか、誰も教えてはくれない。孫永飛の父親は息子が故郷で地道に働くことを願っているが、「農村には若者を引き留める魅力がない」とため息をついた。

=敬称略
(「新世紀」2011年10月17日号(c)財新傳媒)
日経ビジネス2011年11月7日号 110~111ページより目次

この記事はシリーズ「世界鳥瞰(2011年11月7日号)」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。