政府は3カ月ぶりの円売り介入で新手法を導入した。固定水準に大量の注文を置き、円の上限を示す荒業だ。だが円の先高観は残り、日本の孤独な対応に不信感は募る。

 「日本政府は1ドル=79円を超える円高進行を望まない姿勢を明確に示した」(外国銀行の為替アナリスト)――。

 政府・日銀が8月4日以来、約3カ月ぶりに円売り介入に踏み切った10月31日の東京市場では、こうした見方が広がった。介入額が約8兆円と巨額だったことに加え、従来とは異なる介入手法を導入したからだ。

円高抑制策も焼け石に水
円・ドル相場の推移と政府・日銀の対応

 介入は円相場が早朝、一時75円32銭の最高値をつけた後に始まった。当初、「75円の大台突入阻止」姿勢を読み取った市場のムードは昼前になって変わる。79円台まで切り下がった後、電子取引システム上で79円20銭近辺に大量の円売り注文が並んだのだ。

 発注名は介入委託先と見られる銀行だったが、合計で1000本(10億ドル)規模の注文が同じ水準に集中する異例の事態が発生。市場参加者はスイス国立銀行(中央銀行)が先頃導入した「上限設定」型の手法を重ね合わせ、当局の意思に異例の強さを感じ取った。

これで「納得いく」水準?

 「79円以上の円高阻止姿勢」について、市場では「企業が業績見通しの前提とする想定為替レートを意識したのではないか」(国内証券の株式ストラテジスト)との声が聞かれた。主要な輸出企業が7~9月期の決算発表時に公表した今下期の想定為替レートを見ると、対ドルではリコーやアルプス電気が75円、シャープが78円など、「75~78円」が中心。この水準より円安にできれば、為替差益が見込めるわけだ。

 もっとも、介入をやめた夕刻から円が再び上昇するなど、日本単独の介入効果は限られた。介入について安住淳財務相が「納得いくまで」と発言したことと、介入時に取引が膨らんだ水準(79円19銭)との語呂合わせ「なっとくいく」が話題になるほど、市場には冷ややかな受け止め方もあった。

 産業界からも「もう少し強力な円高対策をやってほしい」(富士フイルムホールディングスの古森重隆社長)と、さらなる要望が強いことは、円の先高観が根強いことの証左だ。

 このところの円高は日本独自の要因ではなく、ドル安の影響が大きい。雇用情勢の悪化が改めて警戒される米国で、量的金融緩和の第3弾(QE3)が実施されるとの観測が事前に浮上し、ドルの先安観が強まっていた。

 「安全資産」としての円のニーズもある。経常黒字を維持し、GDP(国内総生産)の規模や国際通貨基金(IMF)への資金拠出額が大きい日本の円は、「値動きが安定し、通貨価値も下がりにくい『金庫』の役割」(三菱UFJモルガン・スタンレー証券の塩入稔・外貨商品課長)がもてはやされている。

 海外当局との意思疎通について、安住財務相は「絶えず連絡は取り合っているし、我が国の立場と国益は首脳レベルでも伝えている」と説明する。しかし、市場で決定される相場水準を尊重してきた欧米当局が、今回のような介入手法を快く思うはずはない。

 民主党政権はただでさえ、外交面で米軍普天間基地の移設問題、通商面でTPP(環太平洋経済連携協定)の交渉参加問題など、諸外国との間で難題が山積している。「断固たる措置」で過度な円高を牽制するのはよいが、日本が孤立するような代償を負うことを市場は警戒している。

(松村 伸二)
日経ビジネス2011年11月7日号 12ページより目次

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