携帯電話参入から5年5カ月。ソフトバンクは加入者獲得で実質トップを独走してきた。だが、iPhone独占の終焉とともに、その優位性は薄れ、慣れない守備に立つ。常に挑戦者であることが存在理由だったソフトバンクは、次の攻め口をどこに求めるのか。

実質54カ月純増首位、シェア16→22%
ソフトバンクとライバル2社の加入者数推移
写真4点:共同通信

 「霧は晴れた」。孫正義社長は10月28日、2011年4~9月中間決算の席上で現状をこう表現した。10月14日にKDDIが「iPhone4S」販売を開始。当初は「100万人近い加入者が(ソフトバンクからKDDIに)流れてもおかしくない」と孫社長自身も最悪のシナリオを覚悟していたが、それは杞憂に終わった。

 11月8日、電気通信事業者協会が発表した10月の携帯電話加入者統計の数字も、孫社長の「霧は晴れた」発言を裏づけた。

裏の数字が示す変調

 ソフトバンクの10月の月間加入者純増数(新規契約から解約を引いた数)は24万7600件で、19カ月連続の純増数トップを守った。ナンバーポータビリティー(MNP)制度による携帯電話会社同士の加入者流出入数は、iPhoneブームで蚊帳の外になってしまったNTTドコモがマイナス7万5400件と草刈り場になった。

 確かに表面上の数字はソフトバンクの地力の強さを示している。だが、公表されていない数字をたどると、同社の変調がうかがえる。

iPhone「10月戦争」の内幕

 ある流通関係筋によると、10月の1カ月間でiPhone4Sの販売台数はソフトバンクとKDDIそれぞれで40万台程度に上ったもようだ。ソフトバンクが独占販売していた頃の販売台数は3カ月で80万~90万台程度だったことを考えると、両社ともいかに大量に売りさばいたかが分かる。

 問題は内訳だ。KDDIはこのうち新規加入が約10万台だった。これに対し「ソフトバンクは8万台前後」(同関係者)と見られる。つまりソフトバンクのiPhone4S販売のうち8割が新規加入ではなく、自社ユーザーの買い替えだったわけだ。

 MNPにも隠された数字がある。携帯各社はMNPによるトータルの流出、流入を公表しているが、どの会社からどれだけ流出したか、あるいはどの会社に流入したかについては明らかにしない協定を結んでいる。この内訳を関係者に取材したところ「ドコモの7万5400件の流出の内訳はKDDI向けが5万件、残りがソフトバンク向け」だという。「ドコモからソフトバンクへの流出は通常の月でも2万~3万件」(同関係者)。つまり、iPhoneユーザー新規獲得の「10月戦争」は実質、KDDIの勝利だったことが分かる。

 通信業界に詳しいモルガン・スタンレーMUFG証券の津坂徹郎アナリストは、「ソフトバンクはこの先何カ月もの間、いまだかつて経験したことのない守りの営業を強いられる」と指摘する。つまり、「加入者の新規獲得」から、「流出防止」に営業力をシフトせざるを得ないわけだ。

 ソフトバンクの独走は同社が2兆円を投じてボーダフォン・ジャパンを買収した翌年の2007年から始まった。お屠蘇気分が抜け切らない同年1月5日、孫社長は東京・汐留の本社で緊急記者会見を開き、「ホワイトプラン」を発表した。月980円支払えば午前1時から午後9時までは自網内(自社ユーザー同士)の通話は無料。それ以外の時間と他社宛の通話はすべて30秒21円。それまで携帯電話業界でタブーだった「自社間定額料金」を初めて導入したのだ。

 この、かけ放題のシンプル料金が好評で4カ月後の2007年5月から、携帯電話の加入者純増数は26カ月連続で首位をキープした。第2世代携帯電話のサービス停止など特殊事情を除けば、ソフトバンクは当時から現在に至るまで54カ月、実質的に首位を独走し続けているのだ。

ホワイトプランの正体

 このホワイトプランはiPhoneと並ぶソフトバンクの成長の源泉だったと言える。しかも、同プランは身を削る単純な値下げ戦略ではない。実はソフトバンクがしっかり稼げる戦略的な料金体系だったのだ。津坂氏は最近のリポートで、このホワイトプランのからくりも分析している(分析の詳細は囲み記事参照)。

 携帯電話業界では、音声通信からデータ通信への移行が合言葉になっている。音声は携帯普及初期の値引き合戦で様々な割引が設定されて儲からなくなっており、数千円の定額料金が入るデータ通信にシフトさせることは業界の共通課題とされている。孫社長自身も「ソフトバンクは音声通話からデータ通信への移行を最も早く成し遂げた」と胸を張る。だが実際は、音声通話収入でしっかり稼いできたのである。ドコモやKDDIは、ソフトバンクと同じように自社間定額料金を始めた場合の減収インパクトを恐れ、これまで実施に踏み切れなかった。その代わり、ホワイトプランに対抗する複数の割引料金や無料通話分数を設定した。そのため、結果的に音声収入の増加に自らフタをしてしまったのである。「ソフトバンクの見事な術数にはまった」(津坂氏)と言えるだろう。 

 だがiPhoneの併売と時を同じくして、ホワイトプランの優位性も失われつつある。KDDIはiPhone4Sの発表と同時に、ホワイトプランと同様の月980円で午前1時から午後9時まで自網内かけ放題の「プランZ」を発表。

 NTTドコモも動いた。「夜中でもかけ放題ができます」。10月18日、携帯電話冬春モデルの発表会でドコモの山田隆持社長は新サービス「Xi(クロッシィ)トーク24」の利点をアピールした。クロッシィとは、ドコモが昨年末から開始した次世代携帯電話サービスLTEの商品名だ。今年11月以降に発売するクロッシィ対応のスマートフォン4機種は、月額料金は1480円と高めだが、ソフトバンクやKDDIのように制限をつけず、24時間自網内の通話がかけ放題になる。

 KDDIとドコモが自社間定額料金に踏み込んだのは、ホワイトプランの秘密に気づいたからだけではない。津坂氏は「自社間定額による減収を心配する必要がなくなってきた」と指摘する。つまり定額の魅力で自社間での通話にばかり固執するユーザーが少なくなってきたからだ。「そういうユーザーはほとんどソフトバンクに流れた」(津坂氏)。ソフトバンクはドコモやKDDIを「裸にする」まで追い詰め、逆襲の機会を与えたわけだ。

舞台はインフラとネットへ

 ともかく端末と料金という、ソフトバンクを過去5年間引っ張ってきた2枚看板は原動力としての機能を失った。ならば今後の攻め口はどこにあるのか。そのヒントは、ソフトバンクがほかの2社に比べ手薄とされてきた「通信インフラ」にありそうだ。

 来年以降、地上アナログ放送の停波による700メガヘルツ(メガは100万)帯と900メガヘルツ帯の再配分が予定されている。携帯電話に最も適した電波である900メガヘルツ帯に1つ、700メガヘルツ帯に2つの計3席を巡り、ドコモ、KDDI、ソフトバンク、イー・モバイルの4社が争奪戦を繰り広げることになりそうだ。上の図は、ソフトバンクが希望している900メガヘルツ帯を獲得したと仮定した図だ。スマートフォンの普及で通信の混雑は限界まで来ている。図が示す通り、ソフトバンクが900メガヘルツ帯を取得できたとしても、それだけではドコモやKDDIに比べて優位とは言えない。ただ、隠し玉がある。

ソフトバンクが新周波数帯を獲得したと仮定しても…
携帯電話大手3社の周波数保有状況

 「中国とインドを味方に引き入れろ」――。昨年夏、孫社長と携帯電話事業を統括するソフトバンクモバイルの宮川潤一取締役CTO(最高技術責任者)は北京に向かう機中にいた。行き先は中国最大の携帯電話会社、中国移動通信集団(チャイナモバイル)だ。「次世代携帯電話のTD-LTEで組みましょう」。孫社長はチャイナモバイル首脳と話をつけると続いてインドに飛んだ。

 半年後の今年2月。スペインのバルセロナでこの交渉が結実した。壇上に並んだのはチャイナモバイル、インドの最大手バーティ・エアテル、英国を拠点に世界展開するボーダフォンの計3社のトップと孫社長だった。

 日本ではドコモがLTEを開始している。最大毎秒100メガビットの光通信並みの高速通信が可能なLTEには、実は2つの規格があり、ドコモが開始したのはFD(周波数分割)方式と呼ばれるものだ。

 「端末→基地局」への上り通信と、「基地局→端末」への下り通信にそれぞれ別の周波数帯を利用するFDに対し、TD(時分割)方式は時間帯によって上り下りの通信を分ける。

 宮川氏は「両規格は第3世代携帯の時のW-CDMAとCDMA2000のように、互換性がない対立規格ではない。1つの端末で両方に対応でき、ソフトバンクにとって次世代携帯の車の両輪になる」と説明する。つまりどちらがデファクトスタンダード(事実上の標準)になるかといった争いが起きることはない。事実ソフトバンク自身もドコモと同じFD方式で来年中にもLTE対応のスマートフォンを発売予定だ。だが、世界の携帯大手が採用するTD方式のLTE、つまりTD-LTEに関与しているのは国内ではソフトバンクだけ。これは大きな優位になりそうだ。

 チャイナモバイルの加入者数は6億3000万人、バーティ・エアテルは1億8000万人、ボーダフォンはグループ各社への出資比率で案分した加入者数が1億人を超える。加入者3000万人のソフトバンクにとって、文字通りケタ違いの巨人たちとの提携だ。「ソフトバンクだけなら端末調達コストは1台7万~8万円だが、4社が組めば部品の大量生産で1万円にできる」(宮川氏)。

ウィルコム救済の底意

 さらに、TD-LTE方式を採用した海外の大手携帯電話会社の契約者が日本に来た場合、ローミング収入などで最も恩恵を受ける可能性があるのがソフトバンクだ。ある通信業界関係者は「近い将来、(クレジットカードの)銀聯カードとTD-LTE端末を持って日本へ、というのが中国人観光客の定番スタイルになるかも」と予測する。

 実はソフトバンクが昨年末に救済したPHS会社、ウィルコムがこの戦略の肝になった。同社は2010年2月、約1000億円の銀行債務返済が滞ったことが原因で会社更生法を申請。ソフトバンクはNTTやKDDIなど他社が誰も引き受けようとしなったウィルコム救済に手を挙げた。従来のPHS事業を傘下に入れるとともに、ウィルコムが2008年に免許を取得した次世代高速無線XGPの事業をファンドと共同で継承したのだ。もともとPHSを源流にしたこのXGPはTD方式と互換性が高くA-XGPという規格に高度化することでTD-LTEとほぼ同様に使えるようになったのだ。

 「ウィルコム救済を決断したのは2009年末。その時点でチャイナモバイルなどの大手がTD-LTEへ参入表明するという情報は既に入っていた」と宮川氏は打ち明ける。

 3億円という安値で買ったウィルコムをカードとして使い、海外勢を提携に誘い込む。このしたたかさにも、iPhoneやホワイトプランに通底する先見性と戦略性が垣間見える。

スペイン・バルセロナで提携会見に臨んだ孫社長ら各社トップ

 海外でも単純な音声・データ通信の分野は競争激化の結果、薄利なビジネスになりつつある。しかしソフトバンクには映像配信、電子商取引、決済、ポータルサイトなど豊富なネットコンテンツがあり、この付加価値を海外勢との提携に生かせる。ソフトバンクが出資するグループ会社900社の中から、各国に適したインターネットサービスを選んでパッケージ化して提供するのだ。既に、その動きは進んでいる。

「小」が「大」と組む
TD-LTE普及で組んだアジアの巨頭

 「通信会社がどうやったらネット事業を成功させられるのか教えてほしい」。今年初め、眉の濃い色黒の紳士が東京・汐留のソフトバンク本社を極秘訪問した。インド最大手、バーティ・エアテルのスニル・バーティ・ミタル会長だ。ヤフーの井上雅博社長など幹部から、直々にソフトバンクのネット事業のレクチャーを受けたのだ。「日本で成功した事業モデルを、中国やインドでも展開する」と、レクチャーした1人、中国アリババの日本法人CEOである香山誠氏は話す。

 「タイムマシン経営」――。かつて孫社長は、米国で先行していたネット企業のビジネスモデルを日本に“輸入”し成功した。それから10年余。今後は日本で培ったネット事業のノウハウを、アジアにパッケージ化して輸出する。インフラ獲得と並び、このパッケージ化も次なる成長への有力な攻め口だ。

日経ビジネス2011年11月21日号 38~42ページより

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