情報革命を掲げている孫さんにとって、今年は大きな変化がありました。東日本大震災以降に表明された電力事業への参入です。これはソフトバンクの中でどう位置づけていますか。

  あくまでも情報革命で人々の生活を豊かにすることが我々の本業中の本業であることに変わりはありません。
 そもそも、電力事業は福島第1原子力発電所の事故以前には一瞬も考えたことがありませんでした。自分の人生の中のテーマにはありませんでしたから。ただ、あの大事故があって、多くの人々が嘆き悲しんでいる時に、「自分は我が道を行く」で困っている人たちを見捨てていいのかと、真剣に悩んだのです。
 例えばマラソンをしていて、記録に向けて走っている時に、目の前に血を流して倒れている人がいたとしましょう。自分のゴール、あるいは記録を優先すべきか、救急車を呼んで病院に連れていくのを優先すべきか、ということです。
 日本の電力は今、緊急事態が続いています。エネルギー政策のあり方も、方向性を失っていると言っていい。そんな状態で、一刻も早く原発を再稼働するなんていうのは、僕はとっても醜い行為だと思います。産業界の銭カネのために、子供たちや母親たちを犠牲にしていいのか。
 この状況の中で、我々に何かできないか。どうにか方向転換のきっかけ作りができないかと思ったことが、今回の一連の動きの根底にあります。先ほどのマラソンの例で言えば、道端で倒れている出血多量の人を、取りあえず救急車で病院まで運ぶという応急処置をする。ここまでは、人間として1つの責務だと感じただけです。
 ただし、その後に病院まで連れていって、自分が手術してリハビリまでして面倒を見てあげるというのは、私の本業ではありません。

  すると、電力事業はあくまでもソフトバンクの例外的な事業ということですか。何か秘策があるわけでもなく、本業にはなり得ないと。

  本業はあくまでも情報革命です。僕に人生が2つも3つもあるなら別ですけれど。

  スマートグリッドのように、電力と通信の垣根は崩れています。そこにビジネスチャンスはないですか。

  周辺事業として位置づけることはあるかもしれません。けれど、継続して関わっていくということはない。繰り返しますが、電力事業で利益を追いかけるつもりはありません。

全国の主要自治体の首長に自ら電話をかけ、自然エネルギー協議会の参加を呼びかけた
写真:時事通信

配当は40年間受け取らない

 そもそも電力事業で得られる利益の配当は40年間、1円もソフトバンク本体は受け取らないと公言しています。これ自体が、「我々は電力事業の収益に何の欲もない」というメッセージを込めてのことなんですけれどね。
 仮に利益が出たら、自然エネルギーにのみ再投資します。その再投資で、どんどん電力事業が拡大再生産できればベターですが、ソフトバンク本体がその収益に頼るつもりは全くありません。

  通信事業でNTTグループと闘ったように、電力会社の独占体制に挑戦するという考えは、本当に持っていないのですか。

  国内十数カ所にメガソーラー(太陽光発電)や風力発電所を造り、それを実験台にして、日本の電力の様々な規制の壁を突破するモデルケースを作る意義はあるでしょう。電力会社の送電網と(新しく建設する設備を)どう接続するのかといったことだって、初めてのことですから、恐らく難しい障害だらけでしょう。
 それでも、「こうすればできる」、という事例を作って見せるぐらいの役割は、果たしたいとは思います。それが呼び水となって、我々以外の企業がこの分野に参入してくれば、成果があったと言えるのではないでしょうか。

  電力事業から撤退する可能性はありますか。

  撤退ということはないですね。もちろん、負け戦と分かった時点で、退く決断を下すことは大事ですが、自然エネルギーはこれからまさに始まる分野です。
 国内十数カ所にメガソーラーなどの実験設備を作ることは公言しましたから、いかなる状況でもやろうと思います。ただし、この先政府が間違えた意思決定をすれば話は別です。
 例えば買い取り価格がそもそも採算に合わないとか、期間が合わない、あるいはグリッドにつなぐ仕組みが整わないということは、今後考えられます。我々もそんな事態にならないよう、設立した自然エネルギー協議会の提言活動などを通して政府に働きかけていくつもりです。しかし、万が一間違えた枠組みが出来上がってしまえば、残念ながらモデルケースの段階で終わってしまう恐れもあるでしょうね。
 先ほども申し上げましたが、我々の役割はモデルケースを作ることにあります。それを呼び水にして、様々な企業が自然エネルギーの分野に参入するような流れが出来上がればいい。僕はそれ以上のコミットメントは最初から一度もしていません。

(聞き手は 本誌編集長 山川 龍雄)

日経ビジネス2011年11月21日号 30~31ページより

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