眠っていた選手の潜在能力を引き出し続ける小川淳司。選手としては無名に近かった男が、どのようにして「名将」に変貌したのか。その原点を探るべく、1時間を超えるロングインタビューに臨んだ。

(写真:村田 和聡)
小川 淳司(おがわ・じゅんじ)
1957年8月生まれ。習志野高校3年の夏に甲子園優勝投手に。中央大学、河合楽器を経て、外野手として81年にドラフト4位でヤクルト入団。92年に日本ハムで引退。翌年からヤクルトでスカウト、2軍守備走塁コーチ、2軍監督などを務めた。2010年5月に監督代行、今季から監督に就任。

 「名選手、必ずしも名監督ならず」という格言がある。ところが、実績や人気がなければプロ野球の監督にはなかなか就任できないという日本球界の現実もある。それを思えば、小川淳司は従来の監督像からは懸け離れた存在と言える。

 「選手としての実績がない分、最も一般の人に近い感覚を持っている」。ベテランの宮本慎也がそう語る「普通の人」のリーダーシップとは、いかなる人心掌握術なのか。

 こんな立場にいながらも「マネジメント」を意識したことはありません。みんなを「優勝したい」と思わせることだけに集中しています。そもそも、プロ野球選手は多様な価値観を持っていますから、彼らをまとめるのは不可能なんですね。

 負けた試合で活躍した選手が「チームが勝てないと仕方ない」なんて殊勝なことを口にしますけど、やっぱり気になるのはチームの勝敗よりも自分の成績なんです。それがすべてではなくても、やっぱり自分自身のことを気にする割合が大きい。だから、選手たちに試合で結果を出してもらうための環境作りが、「監督」という僕の仕事のすべてだと思っています。

 選手たちに気持ちよくグラウンドで働いてもらうために気を使わなきゃいけないし、ダメなことはダメとはっきり言う時もあります。ただ、基本は人と人の接し方ですね。野球の理論以前に、対人間としての接し方が重要です。

 もちろん、プロの世界に入ってきたばかりの若手と、実績を残しているベテランでは、さじ加減は違います。それぞれの選手によって置かれている状況も異なるわけですから。

 でも、選手のプライドを傷つけてはいけないと思うし、かといってある程度は厳しい言葉で、選手の弱いところに踏み込まなければならない部分もあります。その辺は結構、気を使っていますね。

選手のいいところだけを見る

監督代行に就任した時、最初に下した決断は、3番打者でセンターを守っていた青木宣親(のりちか)の打順を、元の1番に固定したことだった。“定位置”に戻った青木は、日本プロ野球史上初となる2度目のシーズン200本安打を達成した。

(写真:村田 和聡)

 長くつき合っていると、選手一人ひとりの考え方が少しずつ分かってきます。僕が見る限り、青木はヒットを打つということに、ものすごく貪欲な選手です。最近では「チームが勝たなければ意味がない」という考えも理解するようになってきましたが、監督に就任した頃はそんな(安打数にこだわる)傾向が強かったので、(打席が多く回ってくる)1番へ戻すことにしました。

 「適材適所」と言えば聞こえはいいんですが、人間の本質はなかなか分かりませんよ。ただ、ある程度の傾向はつかめます。そこから判断するしかありません。起用法そのものよりも大事なことは、そこに込めている僕の意図が各選手に伝わることでしょう。

 そうすれば、レギュラー組だけでなく、代走や守備固めで出場する選手も役割が明確になるし、試合への臨み方や練習に取り組む意欲も変わる。

 あとは、2軍監督から推薦されて上がってきた選手は、すぐに1軍の試合で使うように心がけています。調子がいいから上がってきたわけで、本人もすぐに試合に出たいだろうからね。

理想の野球を追求するための駒として選手を使うのではなく、選手一人ひとりの「働きやすさ」を最大限考慮する。その結果が勝利に結びつく。そんな考えを持つ指揮官は、1999年から9年務めた2軍監督時代に「監督の本質」を学んだ。

 プロ野球に入ってくる以上、選手はみんな才能に溢れている。でも、機会を与えなければ、その潜在能力は見えない――。僕は2軍監督に就任した時、そう考えて、みんなを平等に試合で起用したんです。でも、それは失敗だった。誰も育たなかった。「この選手は優れているから、絶対に育て上げる」と決めて、使い続けることが必要だと分かりました。

 会社に入ったら、上司は選べませんよね。プロ野球の世界でも、選手は監督を選べない。選手に「小川が2軍監督じゃなければ活躍できたのに」と思われるのは嫌だった。だから、平等に機会を与えてしまったんです。でも、全員を1軍に送り出すなんて無理。そう割り切るしかありません。

 それだけに、僕ら監督やコーチの見極めがいいかげんであっては絶対にいけない。もちろん、あまり目をかけていなかった選手が結果を出すこともありますが、それでも機会を与えている選手を辛抱強く育てていく。

 2軍監督の時に、潜在能力をじっくり見ようと考えたのは、引退直後に3年間スカウトをやったことが大きく影響しています。プロの目線で見てしまうと、高校生なんか欠点だらけ。誰も採れなくなってしまうので、選手のいいところを探す癖がつきました。

 ただ、今でも試合中に選手を見ていて「なぜ、そんなことができないんだ」と歯痒く思うことはあります。そういう時は、しっかり準備して一生懸命プレーしたのかだけを評価する。当たり前ですが、わざとミスをする選手などいません。そもそも、野球は成功よりもミスの方が多いスポーツですから。

2010年5月27日、ヤクルト前監督の高田繁が成績不振で辞任、その後を受けた小川がヘッドコーチから監督代行に就任した。その時点でチームは13勝32敗1分の借金19。最初にミーティングで何を伝えるか、小川は思い悩んだ。

 前の晩、何を言えばいいか全く思いつかなかったんです。チームが最下位だから、選手たちは「年俸が下がらないように」と自分の成績で頭がいっぱいでした。「とにかく、チームの勝利に向けて頑張ろう」。それぐらいしか言えなかった…。

 監督代行として臨んだ最初の試合は楽天(東北楽天ゴールデンイーグルス)戦。それまで9連敗という惨憺たる状態でした。でも、何とか延長12回まで戦って、引き分けとなりました。その試合で、なぜか手応えを感じたんです。負ければ10連敗。結果は引き分けでしたが、負けなかったことが大きかった。

 ヘッドコーチの立場にいた頃から、勝てない原因は、得点力不足だと思っていました。そこで、畠山(和洋)を1軍に上げたところ、1塁を守る(ジョシュ・)ホワイトセルが入団してきた。内野には(ジェイミー・)デントナもいたので、仕方なく畠山をレフトで先発させました。

 犠牲になったのは福地(寿樹)です。それまで2年連続、盗塁王を取っていて、打率3割を打ったこともあるレギュラー選手が、守備の下手くそな畠山にポジションを奪われたことになります。本当に、彼にはつらい思いをさせてしまいました。

選手の思いを代弁する采配

ヤクルトはセ・リーグで唯一観客数を前年より増やした(写真:時事通信)

 彼自身に「申し訳ない」と伝えたところ、本人は「大丈夫です。いつ試合に出てもいいように準備はちゃんとやります」と言ってくれました。この言葉には、本当に救われました。

 畠山の起用は得点力を上げるための賭けでした。成績を残してくれたからよかったものの、ダメだったら非難轟々だったはず。あいつを使い始める前に、「畠山は2軍で外野を40試合ぐらい守ったことがある」とさりげなく周囲に言って回ったほど。いずれにせよ、代行の立場だからできたことです。

11月6日、ヤクルトはCSを2勝4敗(リーグ優勝した中日には1勝のアドバンテージ)で敗退した。ただ、その中でも小川の采配は光っていた。第2戦では好投していた石川雅規に代えて代打・飯原誉士を送ると、その飯原が決勝ホームランを放った。打撃不振で今季は打率1割台、ホームランゼロ。そんな大胆な采配が当たる背景には、謙虚に周囲の声に耳を傾け、深慮を続ける小川の姿勢がある。

 その場その場で判断しているつもりだけど、どうしても決断が遅れるというか、迷うことがあるのでコーチの助言はよく聞くようにしています。選択肢は頭の中に入れているつもりでいても、想定外のことが次々と起きるので。

 7月に広島(東洋カープ)との試合で中継ぎ投手の押本(健彦)が打たれて、「もう代えよう」と思った時、すごくいいフォークボールで三振を取った。それで続投させたら逆転スリーランを浴びました。迷った揚げ句の失敗でした。

 監督の采配で勝つ試合なんてありません。負ける試合はいくらでもあるけど。選手たちが一生懸命頑張ってくれたから自分は今、監督という立場にいるだけです。だから、選手にはいつも感謝の気持ちを持っているし、突拍子もないサインは出さないようにしています。戦うのは選手です。彼らの気持ちを代弁する采配であればいい。

「最も一般の人の感覚に近い」。チームリーダーの宮本がこう評したように、同選手が仕えた監督は野村克也、若松勉、古田敦也、高田繁と偉大な元選手がずらりと揃う。一方、小川は現役時代、規定打席に達したことすらない。

 僕自身、大した成績を残せないまま選手人生が終わりました。「もっとこうしておけばよかった」という後悔があります。だから、今の選手に同じ思いをしてほしくない。選手が少しでも成績を上げるためには、どうすればいいか考えるようになりました。

 今年のシーズン前、選手たちに伝えたのは、「去年せっかく巻き返した(借金19の最下位から貯金4の4位)のだから、強く優勝への気持ちを持ってくれ」ということぐらい。選手が自信を持てたから、ここまで頑張れたと思います。

 監督として臨んだシーズンは、あと一歩のところで日本シリーズ進出を逃した。だが、選手層が薄い中で優勝争いを繰り広げたことで、若手選手が貴重な経験を積み、成長を遂げている。選手の潜在能力を引き出す小川の采配は来季、再びプロ野球を盛り上げるに違いない。

(篠原 匡、上木 貴博)
日経ビジネス2011年11月21日号 60ページより目次