零細な農業構造を固定化し、「強い」農家の育成を怠ってきた日本。守るだけの農業から転換し、経営効率を高め、“稼げる”農業を目指す。それなしに、高いレベルの経済連携の実現はあり得ない。

写真:アフロ

 「高いレベルの経済連携と農林漁業再生の両立を図るために、政府を挙げて全力で取り組まなければいけない」

 野田佳彦首相はTPP(環太平洋経済連携協定)交渉への参加をにらみ、国内農業の抜本改革に乗り出す考えを繰り返し強調する。

 内閣府が昨年まとめた試算によると、TPPと、日中、日・欧州連合(EU)のEPA(経済連携協定)を締結した場合の経済効果では、この3つの協定について貿易を100%自由化した場合、日本の実質GDP(国内総生産)は1.23~1.39%増加する。

 一方、日本がコメをはじめとする重要品目の自由化を行わないケースでは、日本がTPPに参加できなかったり、中国、EUとのEPAで、相手が自動車の自由化を部分的なものにとどめる可能性がある。こうした場合のGDP伸び率は低い水準にとどまる。

 世界の自由貿易体制の維持に責任を果たし、高い経済効果を生む経済圏を作る。そのために日本が取り組むべき課題ははっきりしている。農業再生だ。

コメの輸出の可能性が広がる
国産米と中国産米の価格は急接近している
注:60kg(1俵)当たりのコメ価格 出所:キヤノングローバル戦略研究所・山下一仁氏の資料

農業問題の本質は「コメ」

 農家の平均年齢は約66歳。耕作放棄地の面積は年々増え、埼玉県を上回っている。改革なくして、展望が開けない状況であることは疑いない。

 注意したいのは農業全体を一括りに「弱者」と位置づけるのが、現実に即したものでないことだ。野菜や酪農、果樹などは農業で主な収入を得る主業農家が大半。外国産やほかの国内産地と競争しながら、収益性が高く、自立できるビジネスモデルを確立してきた。

 国内農業問題の本質はコメ問題だ。大半が零細なコメ農家の保護を重視し、関税を高くして国内市場を守り、負担を消費者に回し続けてきた。国内農家の半数以上が1ヘクタール未満だが、農林水産省の調査ではこの規模の水田の損益は2万円の赤字。コメ作りの現場は「経営」とはほど遠いのが現状だ。

 一方、この農水省の調査では、5ヘクタール以上の水田では482万7000円、10ヘクタール以上なら750万円まで黒字が拡大する。農地の規模拡大はコスト削減や収益性の向上に直結するのだ。政府の「食と農林漁業の再生推進本部」が決定した農業再生の基本方針と行動計画で、農家1戸当たりの農地面積を20~30ヘクタールに拡大する目標を掲げたのも、主に稲作に「経営」の視点を導入する狙いからだ。

 山下一仁・キヤノングローバル戦略研究所研究主幹は「減反を廃止することによって、米価を下げ、コメの輸出能力を高めれば、人件費などのコスト上昇が見込まれる中国にも対抗できる」と説く。その論拠は、日中米価格差の急速な縮小にある。左上のグラフが示すように、国産米価格は低下し、輸入中国産米の価格は上昇してきた。その結果、双方の価格差は1998年の6.5倍から、2010年には1.3倍に縮小した。

 山下氏は「減反政策を廃止すれば、国産米は9000円台に下落し、日中米価は逆転する」と強調する。日本のコメは政策次第で、国際競争を勝ち抜く潜在力を秘めているというわけだ。

 コメの輸出が、農地の維持につながるという「開かれた食糧安全保障論」も見逃せない。「緊急時には輸出分を国内に振り向ければいい。食糧安保の観点からも重要」と山下氏は言う。

 農水省は来年度予算案の概算要求に農地を拡大した農家に交付金を多く支給する措置や、農地拡大を目指す農業法人などに農地を譲った農家に協力金を支払う制度を盛った。意欲のある農家の大規模化を後押しする狙いだ。

 しかし、ほぼすべての農家に補助金を支給する戸別所得補償制度には今年度と同じ約8000億円を計上している。アクセルとブレーキを同時に踏んでいるようなものだ。
 「食と農林漁業の再生推進本部」では、農産物の関税を高くして国内市場を守る手法から、税金を使って農家を直接支援する方式への転換や、販売価格が生産コストを下回る農産物について、その差額を農家に補償する「直接支払い制度」の改革も打ち出した。

 要は、戸別所得補償制度を見直し、農業の担い手となる農家や経営体への支援の重点化に乗り出すという宣言だ。改革の方向性は正しい。だが、看板政策だけに、政府・民主党の具体的な動きは鈍い。減反と戸別所得補償制度の早急な見直しが急務だ。

 企業や、やる気のある農家が農地を使いやすくするには、土地所有と利用規制の一層の緩和も欠かせない。

 2009年施行の改正農地法で、企業が農地を借りることが全国的に解禁され、農地を買うことができる農業生産法人への出資比率の上限は「25%未満」から「50%未満」になった。

 しかし、企業は単独で農地を買えず、賃貸契約ではいつ農地の返還を求められるか分からないことなどがネックとなり、同法施行後の企業参入は全国の農家数の1%にも遠く及ばない。高木勇樹・元農林水産事務次官は「相続税など農家を優遇する税制措置を見直し、農地の宅地への転用を防ぐ土地利用規制を導入すべきだ」と主張する。

農業対策を急いだ韓国

 米は対豪FTAで関税撤廃の例外とした砂糖など全関税品目の1%を引き続きTPPでも求めている。日本は4%の枠があれば、コメなど重要品目の大半を守れる計算だ。一部しか例外にできないとしても、関税撤廃までは10年程度の猶予は確保できる。

 参考になるのが、韓国の取り組みだ。
EU、米国とのFTA(自由貿易協定)による影響が大きい農業について、総額9兆円規模の農業・農村総合対策の予算を手当てした。農家への直接支払いのほか、大規模化の後押し、高齢農家の経営委譲、農業からの撤退促進といった中長期策も盛り込んだ。

 アジア経済研究所の奥田聡・動向分析研究グループ長は「米国、EUなどの大国・地域とのFTA交渉が進んだのも、国内対策を早期に用意したことが要因の1つ」と分析する。

 日韓の政治のリーダーシップの違いの背景には、政府の戦略的対応もある。農業再生と経済連携を両輪で進めるには、目先の損得勘定を超えた政治の決断、そして国民の理解が欠かせない。

農林漁業再生に向けた政府の行動計画のポイント
【競争力・体質強化】
・平地で20~30ヘクタール規模の土地利用型農業の実現
・新規就農を増やし、農業を支える人材を確保
・農業法人を育成するファンドの創設
・戸別所得補償制度の適切な推進
・輸出戦略の策定
・食品産業の将来ビジョンの策定
・6次産業化の促進

【農山漁村の資源活用】
・再生可能エネルギー生産を促す制度の検討
・木材利用の拡大

【水産業再生】
・共同化、協業化の推進
・6次産業化、加工機能の強化

【震災に強いインフラ整備】
・農業用施設・漁港の耐震化

【速やかに取り組むべき重要課題】
・国民の理解と安定した財源の確保
・消費者負担から納税者負担への移行
・直接支払い制度の改革
・開国による恩恵の分配メカニズムの構築

注:政府の食と農林漁業の再生推進本部の資料に基づき編集部作成
日経ビジネス2011年11月7日号 38~39ページより

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