GDPに占める輸出の割合はOECD加盟34カ国中33位…。日本はもはや貿易立国とは言えない。しかし輸出の担い手はまだ国内に眠っている。世界で戦う潜在力を持つ「臥龍企業」。TPPで解き放たれ、日本の成長の核になる。

 日本経済団体連合会の米倉弘昌会長は10月24日、玄葉光一郎外務相と会い、「政治の強いリーダーシップで機を逸することなく交渉参加を決断してほしい」と要望した。自動車や電機など既に海外市場を相手にしている日本の大手企業がTPP(環太平洋経済連携協定)から受ける恩恵は大きい。だがそれだけではない。
 
 帝国データバンクが昨年末に実施した調査では、全国約1万社の企業のうち、「TPP参加が必要」と回答した企業は全体の65%。企業の規模別に見れば、「必要」の声は大企業の64.6%に対し、中小企業が65.1%。TPPを望む声は中小企業にも多いことが分かる。

 国内全企業の99%を占め、日本の産業を下支えしている中小企業を海外に解き放つ意義は大きい。

 さいたま市岩槻区。金属切削加工メーカー、金子製作所には毎月数回、ドイツの大手医療機器メーカーから差し向けられた国際宅配便の荷受けトラックが到着する。積み込まれるのは、独社から注文を受け、金子製作所が加工した医療機器の精密部品を満載した段ボール箱だ。同社が手探りで部品輸出を始めて2年になる。

金子製作所の金子晴房社長(右)は自社製部品の輸出拡大に意欲を燃やす
写真:村田 和聡

「輸出など無理と思った」

 「この円高のご時勢なのに、決済はすべて円建て。注文は半年分をまとめて出してくれて、理屈が合えば値上げにも応じてくれる。宅配便の手配や輸送費、製品の19%分かかる関税もすべて先方が持ってくれます」。金子晴房社長はこう言って笑顔を見せる。

 金子製作所は金子社長の父親が1956年に浦和市で開業。カメラメーカーの下請け加工を手がけていた。金子氏が社長になって17年。強みとするのは、ステンレスやアルミ、削るのが難しい特注の鋳物素材などを精密に切削し複雑な形状に加工する技術だ。

 2010年12月期の売上高は9億円強。現在の輸出比率は5%だが、「2年後には売上高12億~13億円、輸出比率は30%になる」(金子社長)と予想する。84人の所帯でありながら、今年は17人の新卒を採用した。猛烈な勢いで海外の医療機器や航空機器の展示会に参加している。今年も2月の米カリフォルニアを皮切りに、中国、フランス、ドイツと、出展は目白押しだ。

 だが、昨年2月、米国で開かれた医療機器国際展示会に出展することになるまで、「輸出など、全く考えていなかった」と金子社長は振り返る。
 その出展も偶然だった。2009年11月のこと。金子社長の右腕である取締役の秋山朋子・総務部長は埼玉県内で開かれた中小企業海外進出セミナーに出席した。「ウチのような小さな企業には輸出は絶対無理だ、ということを確かめる」(秋山氏)ために主催者に問い合わせたところ、逆にこの展示会への出展を打診され、社長の許可も得ず、二つ返事で約束してきてしまったのだ。

 「輸出など無理に決まってる」。最後まで反対したのは金子社長自身だった。しかし出展してみると風景はがらりと変わった。「欧米メーカーは加工を下請けとして見るのではなく、技術を正当に評価してくれる」。この展示で興味を示した独大手の副社長が同社の工場を訪れ、正式に供給契約を結ぶまでそう時間はかからなかった。

TPPは「劉備玄徳」

 下のグラフは主要各国の輸出と直接投資がGDP(国内総生産)に占める比率(2005~09年の平均値)を示したものだ。

輸出も投資も日本は低水準
GDPに対する輸出、投資の国別比率(2005~09年の平均)
出所:World Development Indicators

 日本は既に「貿易立国」ではない。日本のGDPに占める輸出の割合は経済協力開発機構(OECD)加盟34カ国中33位で、直近の2010年はさらに顕著だ。日本はわずか15%で、輸出を伸ばしてきた韓国の52%、中国の30%との差は歴然としている。

 経団連を代表するような大企業任せの国際化だけでは、貿易立国としての日本の復権は難しいことが分かる。ではその担い手は誰なのか。
 東京大学の戸堂康之教授は、「金子製作所のように、海外で十分に戦える潜在的な力を持っていながら、自らそれに気づかずにいる企業は日本国内にいくらでもある」と話す。

 戸堂教授はこうした企業を「臥龍企業」と呼ぶ。臥龍とは三国志の英雄、諸葛孔明の二つ名だ。孔明の才能を見いだしたのは蜀の創始者である劉備玄徳。玄徳が三顧の礼で孔明を説得し、自軍に迎え入れるまでその才能は地に埋もれていたからだ。

 「いわばTPPはこうした臥龍企業を世界市場に送り出す“玄徳役”になる」と戸堂教授は指摘する。下のグラフを見てみよう。

輸出によって「臥龍企業」は目覚める
日本企業の労働生産性の平均値の推移
出所:経済産業省「企業活動基本調査」

 経済産業省の「企業活動基本調査」から戸堂教授が抽出した、日本企業の労働生産性の平均値の推移を2つの条件で比較している。2000年に初めて輸出を開始した企業と、2007年まで一切輸出をしなかった企業だ。輸出を始めた企業の方が格段に労働生産性が上がっていることが分かる。なぜか。

 戸堂教授は「三人寄れば文殊の知恵。企業がこれまでしていなかった輸出や海外投資によって海外と接触すると、様々な新しい知恵に触発され、開発や生産の効率化、利益率の高い製品や技術が生まれるからだ」と指摘する。

 その際、臥龍企業が接触する「海外」は日本と同等か、それ以上の水準を持つ先進国が望ましい。日本がこれまで結んできたアジアの途上国とのEPA(経済連携協定)では効果は少ない。米国、豪州、シンガポールなどが加盟するTPPこそ、日本の埋もれた企業を目覚めさせる劉備玄徳の役割を果たせるわけだ。

 日本貿易振興機構(JETRO)は、2011年に同機構の支援で輸出に成功した事例34件を紹介している。うち6割近くはTPP加盟国向けの輸出に成功している。例えば宮城県美里町の鎌田醤油は、これまで韓国、中国に輸出していた味噌をフリーズドライ化した「MISO SOUP」を開発。生味噌は敬遠するが健康志向に敏感な米国市場の開拓に成功している。

 山形市の鈴木製作所も所得水準の高いシンガポールでのニーズに合った野菜包装機器の輸出を順調に伸ばしている。TPPへの加盟で、貿易条件が改善すれば、“未知との遭遇”はさらに拡大し、中小企業の潜在能力を一段と引き出すことが可能になる。

海外進出も後押し

 下の表の主要国の関税率を見れば、工業品でもなお高関税が残っているのは一目瞭然だ。

関税障壁を撤廃する余地は大きい
主要国・地域別の主な関税率
出所:World Trade Organization “World Tariff Profiles 2010”, www.worldtariff.com

 韓国は米、欧州連合(EU)とのFTAで関税撤廃の恩恵を受けるが、日本がTPPやEUとのEPAを避け続ければ、関税に起因する日韓企業の差は永遠に縮まらない。日本が関税撤廃へと動かない限り、より高い関税率を温存する中国も交渉に応じない。

 TPPの恩恵を受けられるのは輸出だけでない。円高で輸出環境は厳しいが、円高はむしろ工場進出など直接投資のチャンスを招来している。GDPに占める輸出の少なさと同様に、海外工場進出などの対外直接投資の比率の少なさも目立つ。国内産業の空洞化が叫ばれる割には、海外投資の水準も高くないのだ。

 三菱商事国際戦略研究所の小和瀬真司所長は、「TPPは貿易や関税の面ばかりが注目されているが、現地事業でのルール整備や知的財産権保護などの面でも、海外に進出する日本企業にとって手助けになる」と指摘する。

 単なるFTAと違い、包括的な経済連携協定であるTPPの枠組みの中には、関税撤廃だけでなく、知財保護や投資、環境・労働規制を加盟国間で共通化する内容も盛り込まれている。「日本企業は国際分業を進めやすくなり、国内は次世代産業を模索する場と位置づけられるようになる」(小和瀬氏)。

 つまり、参加国の中では、自国産業だけを優遇する措置が防止され、透明なルールの下で事業運営ができるようになる。それは、海外進出に二の足を踏んでいた臥龍企業の背中を押すことにもなる。

 福井県立大学の中沢孝夫・特任教授は「自動車や製造装置など、内需を巡る競争で鍛えられた日本の中小企業の技術は、どこに行っても通用する」と解説する。

 中小企業白書によると、国内の中小企業のうち、売上高経常利益率が大企業平均(3.2%)よりも高い企業は全体の2割強。一方、赤字体質である企業は全体の約4割だ。中沢教授が注目するのは、中間層に位置する4割の中小企業群。「黒字ではあるが、景気変動に煽られやすいこの中間層は海外進出で高収益な2割強に仲間入りできる。TPPはその潜在力を引き出すきっかけになる」と説明する。

“臥龍”予備群の中小企業は多い
中小企業の売上高経常利益率の分布
出所:2011年版中小企業白書を基に作成

 いち早く海外に打って出て、国内外の成長を実現したのが家電や自動車向け部品の熱処理加工を手がける東研サーモテック(大阪市)だ。

 円相場が1ドル=79円75銭の最高値(当時)まで急騰した1995年、東研サーモは単身、タイに工場進出を果たした。当時、多くの日本企業は米国へと関心を寄せ、東南アジアには大手ですら十分に工場進出していなかった。しかし、同社の川嵜修社長は「重要技術である熱処理加工の専業メーカーはタイにはなく、必ず仕事はあるはず。リスクはあったが、拠点がなくては営業すらできなかった」と振り返る。

 翌年にはマレーシアにも工場を設立し、海外事業を本格的に推進しようとした矢先、アジア通貨危機が襲った。周辺の日本企業の中には撤退を余儀なくされる企業もあり、川嵜社長の脳裏にも「タイかマレーシアのいずれかを…」との思いがよぎったが、不退転の決意で拠点を守った。「これが運命の分かれ道になった」(川嵜社長)。

 21世紀に入ると、自動車産業を中心に、多くの日本企業の工場が東南アジアに集積した。先行して進出していた東研サーモには次々と仕事が舞い込んだ。2008年秋のリーマンショックまで、タイ拠点は売上高で年率20~30%の高成長を遂げ、現在では連結売上高の3割を占めるにまで成長した。雇用でも、当初は日本人3人、現地人50人でスタートした同拠点は、現在は日本人20人、現地人1000人強と、本社を上回る規模にまで拡大している。

 東研サーモの場合、「海外進出=国内の空洞化」という構図は当てはまらない。むしろこの15年で、国内雇用は3割増え、単体の売上高も2.5倍に増加している。川嵜社長は「確かに国内は低成長の中でコストが高く、数%の利益率を出すことがやっと。しかし、高度成長期にある海外から利益を還流できる」と話す。

 海外進出による大きな成果となったのが人材育成だ。「多少ヤンチャでも、タフそうな30~40代の社員を現地に送ると、必死に工場を運営し、大化けして帰ってくる。急成長した人材は本社の社員に良い刺激を与え、国内も盛り上がるという好循環ができた」(川嵜社長)という。

 現在は大洪水の影響もあるが、タイ事業は好調を維持してきた。今年8月には中国でも新工場を稼働した。川嵜社長の海外進出への意欲はなお強い。これは、リスクを恐れず、外に目を向けることが、結果的に国内の成長をもたらしたことの証左だろう。
 東研サーモの例からも分かるように、中沢教授は海外進出が国内事業の経営効率を向上させると説く。その理由は、(1)現地の環境に順応する優れた人材が育つ(2)海外子会社からの利益配当が見込める(3)海外で獲得した取引先と日本国内でも商談ができる(4)利益率の低い汎用製品を海外移転すれば、国内製品を高付加価値化、高収益化できる――の4点だ。

 輸出と海外進出が企業にもたらす効果は中小企業に限らず、国内事業のあり方を模索するすべての企業に当てはまる問題となる。またTPPへの参加はすなわち、日本企業が海外展開を進めるうえでのルール作りへの主体的な参加でもある。一方、不参加は、国際的なルール作りに自国の意思を反映できないというリスクであり、それは日本企業の成長の足止めを意味する。

日経ビジネス2011年11月7日号 32~35ページより

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