成果を焦らず、目の前の仕事を積み上げていく。それが、やがて大成につながる。会社も商売も、ルールは変えられない。文句を言う前に、行動せよ。いつでも仕事を楽しめる人間であれ。それが、プロの商売人の心得だ。

写真:村田 和総
岡藤 正広(おかふじ・まさひろ)氏
1974年伊藤忠商事入社。2010年4月に社長就任。現場で感じたことは、すぐにメモをする。細かい字でびっしりと埋められた「岡藤メモ」から生まれた商売は数え切れない。

 あっという間に最終回やね。今回は、僕がプロの商売人として、これだけは持っていてほしいと願う心構えを、いくつかお話ししておきたいと思います。今後、会社の中核を担っていくであろう若手の皆さんは、ぜひ心に留めておいてください。

 1つは、「会社のルール」は変えられないということです。どういうことか。これは、スポーツで言うと分かりやすいんですけれど、例えばサッカーは11人で戦う競技ですね。競技時間も原則90分と決まっています。このルールに対して、「あともう1人おったらなあ」とか「もう少し時間を短くしてくれ」なんて文句を言う人間はいませんよね。

 会社もこれと同じです。組織には、各々のルールがあります。すなわち、たくさんの社員をまとめ上げて、儲けを最大化するために、最低限守るべき規則ですね。「会議は時間通りに来る」といったこともそうやし、コンプライアンス(法令順守)といった大きなものも、このルールに含まれます。

 皆さんにはまず、これらのルールは変えられないものだと覚悟して、仕事に臨んでほしいと思います。

できないやつほど文句を言う

 どうしてこんなことを言うかというとね、やっぱり自分の仕事ができない理由を社内のルールや外部環境のせいにする人が多いんですよ。

 僕の経験から言っても、仕事ができない人間ほど、ルールに対して細かい文句を言う。予算が達成できない理屈ばかり、次々に並べていくんだよ。いまだに「リーマンショックの影響が」とか言い訳してるやつがいるからな。

 みんな、戦う条件は同じでしょう。それなのに、結果が出ない理由を社内ルールや外部環境のせいにしたって、面白くないだろうに。スポーツも仕事も、ルールがあるから、面白いわけですよね。

 もし、本当にルールがおかしいと思うのなら、まず結果を出してから主張すべきですよね。認められて、見直せる立場にまで偉くならないと。そこで初めて、ルールを変えるかどうかを考えればいいんです。

 職場の人間関係も同じですよね。僕も、よく若い部下から相談を受けました。「上司とのソリが合わず、悩んでいる」とね。それじゃあ、これが自分のお客さんやったら、どうするの? 「ソリが合わないから、客を変えてくれ」と言いますか?

 そんな人間はとても商売なんかできないよな。いろいろなお客さんがおって当たり前。中には難しいお客さんもいるでしょう。そんな時、相手をどのように攻略して、信頼を獲得していくか。僕なら、そう考えて相手と向き合います。

 まあ、上司なんて、だいたい3年くらいで代わるんです。その期間をいかにして合わせていくか。これは、商売のお客さんと一緒なんだから。こんな悩み、きっと社会人の誰もが経験しとると思いますよ。それでも文句言うなら、辞めたらいいでしょう。上で質問している女性にもそう言いたいな。ちょっと厳しすぎる?

 でも、文句を言っている時間があったら、やっぱり現場に行って、いかに儲けるかを考えることですよ。僕は、プロの商売人は常に、「結果」で語るべきだと考えています。

目の前の仕事に励め

 心構えとして、もう1つ皆さんに持っていただきたいのは、「まずは目の前の仕事に励む」ということです。人間、会社に入る時は大志を抱いて入りますよね。若い人やったら、「何か大きいことをやりたい」と目標を持って入ってくると思います。

 それは、もちろん大事なことです。だけど、最初から大きな目標に固執しない方がいい。あまりにも目標がでかいと、普通の人は、途中でうまくいかなくなった時に、簡単に挫折してしまうんです。

 僕の尊敬する、京セラ創業者の稲盛(和夫・現日本航空会長)さんがこんなことを言っているんですね。彼が最初に京都で会社を創業した時、まずはその町でナンバーワンの会社を目指したそうです。実際にそれを達成すると、次は区内のナンバーワンやと。そうやって京都一、日本一とコツコツと目標を上げていきながら、今の世界企業、京セラを作り上げていったんですね。

 だから、まずは手の届く目標を掲げて、達成していくのが、成長への確実な方法と違うかな。登山だって、最初から頂点を目指していたら、途中で挫折してしまうかも分からんよね。それよりも、目の前の一歩に集中すべきでしょう。

 経営でも、僕は「経営ビジョン」というのが、いま一つ好きじゃない。10年後、20年後の自社の目標を掲げてというけれど、先の見えない未来のことに言及しても、当たる確率はほとんどないよね。まあ、商社も昔から、5年後、10年後のビジョンみたいなのを掲げてきましたけれど、当たったためしがないよな(笑)。みんな掲げる時は一生懸命考えるんだけど、後で検証したことあるのかな。昔のビジョン通りになっていたら、今頃ごっつう儲かっているはずですよね。

あっという間に組織は弱くなる

 今は、1年先の見通しだって立たない時代です。昨年度だって、決算が終わる間際の2011年3月に、東日本大震災が起きてしまいました。業績が回復してきた矢先に予想外の天災が起きて、事業計画がどないもいかんようになった会社がいくつもあります。

 株価や為替だって、誰も当ててないわな。昨年の今頃、誰が1ドル=70円台になると予想してましたか?

 もちろんね、そういう長期的な視点を持つことは大事ですよ。ビジョンをしっかり固めて、そこから現在の経営に落とし込む考え方の重要性も分かります。けれど、僕はやっぱり、実現できる目標を掲げて、それをコツコツ達成していく方が肌に合っている。その積み重ねの結果が、頂点につながっていく、という経営スタイルです。

 まあ、職人型とも言えるのかな。努力を続けているとね、ある時、それが急に伸びることがあるんですよ。野球でいうと、ヒットで塁を埋めた後に、ホームランで大量得点するようなものですよ。だから、最初は結果が出なくても、焦らず、じっくり仕事に向き合ったらいいと思います。

 だからこそ、一つひとつの仕事に手を抜かずにいてほしい。「自分1人手を抜いたって」という気の緩みから、組織は簡単に弱体化します。

 ある方から聞いた例え話なんですけれど、「村の祭り酒」というのがあるそうです。貧しい村がお祭りをすると。けれど、酒を買う余裕がないから、村民が1杯ずつ酒を持ち寄って、集めようとなったんですね。そうしてみんなが持ち寄ったものを飲んでみたら、全部水だった。要するに、「自分1人くらい水を混ぜても分からないだろう」とみんなが考えてしまったんです。

 会社も一緒です。自分1人くらいと思っていると、祭り酒みたいになるんです。特に、所帯が大きくなればなるほど、その傾向は強いと思っています。常に緊張感を持って全力で臨まないと、あっという間に組織は衰弱する。

 あとね、最後に言っておきたいのは、商売は結局、人と人の信頼関係で決まる、ということです。商売の損というのは頑張ればなんぼでも取り返せる。けれど、人の信用は一度失うと、なかなか取り戻せません。

 これは、僕にも若い時の痛烈な失敗体験があります。入社数年目の頃、イタリアに行く機会を得たんです。当時、海外に一度も行ったことがなかったから、上司が「世界を見てこい」と送り出してくれたんですな。そうしたら、イタリアの駐在の方が、気を利かしてくれて、現地の取引先の要人に面会の約束を取りつけてくれていたんです。

 ところが、行き違いもあって、僕はそのことを知らずに、ほったらかしにしてしまったんです。代わりに、イタリアの都市を回って、売り場の視察とともに、お土産を探して奔走していたわけ。

 今考えれば、とんでもないことをしとったと青くなるけど、それで、駐在員の方にものすごい失礼をしてしまった。取引先の顔もつぶしてしまったしね。帰国してから、えらく怒られたのは言うまでもありません。何よりもつらかったのは、駐在員の方々の信用を失ってしまったことでした。その信頼を取り戻すのには、どれだけ時間がかかったことか。

 もし、社外のお客さんだったら、もっと大変な目に遭ったと思いますよ。商売では、カネ勘定も大事やけど、人情はもっと大事にしないとあきませんね。

現場の醍醐味を味わえ

 今、社長として経営をしていて改めて思いますけれど、やっぱり現場の醍醐味というのは、仕事の反応がお客さんを通して直接分かることに尽きます。努力したら、その分結果が返ってくる。これが、僕が商売をやるうえでの一番の活力になっていました。

 だから、皆さんにも、ぜひ現場に足を運んで、お客さんと会って、死ぬほど考えて儲けの仕組みをひねり出してほしいと思います。そして、その結果で一喜一憂しながら、実績を積み重ねていってほしいですね。続けていけば、いつの間にか、自分が目指していた目標に到達しているはずです。

 情報化や国際化はこれからもますます進むと思うし、僕らの競争環境は一段と厳しくなるのは間違いない。商売も、どんどん海外相手が増えてきて、自分の常識を常に疑っていかないと、儲けられない時代になりました。

 けどね、僕は商売の本質は何も変わらないと思っています。今回の連載でお話しした商売の勘所のようなものを、心に留めて仕事に臨めば、きっと結果はついてきます。

 人生、いろいろあると思うけどな、やっぱり最後は自分がどう考えるかですよ。まあ、みんなもとにかく頑張ってくれよな。

実録・岡藤改革
門外不出、「儲けの10カ条」

岡藤正広社長が繊維カンパニー時代、部下に説いていた「商売の鉄則」がある。「儲けの10カ条」――。

 岡藤社長の現役時代に得た経験則を、部下がまとめたものだ。

 門外不出のノウハウゆえに、そのすべてを明らかにすることはできないが、今回の連載に当たって岡藤氏が繰り返し口にしていたのが、第1条に掲げた「難事は自ら行い、大事は細部を指揮せよ」という文言である。

 その真意は、「難しい交渉や大きな事業ほど、トップ自ら率先して取り組むべき」。大事な商談は、部下の話を机の上で聞いているのではなく、必ず上司が自ら情報を確認すべき。それを踏まえたうえで、部下に指示を出す。大きい商談になるほど、その指示はきめ細かく出す。仕事の丸投げなど、論外だ。

 だから、上司は常に部下が手がけている商売に目配りをしながら、儲けまでの道筋を見通しておかねばならない。「そうなると、上司も机の前にずっと座っているだけでは結果を出せない」(岡藤氏)。むしろ部下以上に現場に出て、顧客の情報を集める必要に迫られる。役職が上がるとともに、求められる現場力はより増していくのだ。

 これは、失敗の時も同じ。顧客からクレームを受けたら、上司は部下と一緒にお客さんの元に出向くべきだ。「ぼろくそに言われたら、やっぱり格好悪い。けれど、そういう姿を部下にさらすことで、初めて信頼関係が築ける」と岡藤氏は言う。ここに、リーダーが備えておくべき素養の1つがある。

(蛯谷 敏)

迷ったらここに立ち返れ
4回の連載を通じて岡藤社長が述べた、プロの商売人としての心構え

●まずは目先の仕事に邁進せよ。
その積み重ねが大志へと導く。
●仕事に手を抜くな。
自分1人くらいと思った瞬間、組織は崩壊する。
●競争条件は変えられない。
文句を言う前に、結果で語れ。
●商売の損は仕方ない。
決して人の信用は損なうな。
●クレームは吉。
自分が必要とされている証しと思え。
●商売は浪速節。
時に勘定より人情を大事にせよ。
●仕事を心から楽しめ。
人生、仕事ほど面白いものはない。
(構成:蛯谷 敏)
日経ビジネス2011年10月24日号 70~73ページより目次